第4話 流されぬよう
【課題】
栄養バランスの良い献立作成と試作調理。
(周囲の評価をいただくこと)
蒸し暑いじっとり感に包まれる梅雨真っ盛り。
高校の家政科で学んだ流れで管理栄養士を目指すべく地元大学の食物系学科に進めば、お決まりの課題が登場。
親バカの言うことは『うまい』『上手』『未来は安泰』と全肯定の意見しかなく、全く参考にならないのは高校時代で嫌というほど学んだ。
「ふわぁ、おはよ。課題進んでる?」
欠伸をしながらお隣さんが声を掛けてくる。
「おはよう、あと一品で悩んでる。そっちは?」
「いやいや、違うから。名前で呼んでよ、カホ」
「なっ、ちょっ、は、恥ずかしいから無理だよ!」
「何言ってんの、これこそが共学の楽しみなんでしょうが。ほら、言ってみ?―――シュン、てさ」
ニヤリと意地悪く笑う、出席番号が前後する彼とは割と早くから話すようになった。どうしても女子が多いこの学科で、向こう隣の女子力高い可愛こちゃんよりショートヘアにジーンズばかりの私の方が話し掛け易かったのだろう。
良く私の席に来て喋る高校からの大親友・タナちゃんも竹を割ったような性格で人付き合いが得意だから、そこに交ざりやすかったのかも知れない。
―――と思ったら。
「背が高いから
いっそ清々しい正直な納得の理由。
入学式でレディーススーツ着たはずだけど。
パンツスタイルがマズかったのかな。
だが、心底済まなそうな顔で謝る姿に騙されるように誠実さを感じ、実習も同じ班とあって仲良くなったのは良いのだが。
遂には名前で呼び合おうなどと難関ミッションを課すまでになるとは思いもせず……正直戸惑っている。アオハル三年間を女子校で過ごした身には男子の名前を呼び捨てにするなど、中学生以来の勘が戻らずハードルが高いのだ。
それでなくても、あなたのことも未だに〈よーちゃん先生〉と呼んでしまい、なかなかお好みの呼び名に出来なくて悩んでいるというのに……。
「あの、苗字呼びか百歩譲って君付けでお許しを。あと、私の事も呼び捨てはご勘弁ください」
日和りまくりで申し訳ない。
だって。
あなた以外の男子に名前で呼ばれたくないから。
「ごめん、今の全部ウソ、聞かなかったことにして。実は俺、高校でずっと男子クラスで女子慣れしてないのを隠そうと必死でさ。勢いで呼び捨てしたものの内心ビビりまくり。見て、このヤバい手汗」
そう言って見せる手のひらは確かにツヤツヤしている。そして、先程までの強気をグッと柔らかいハニカミ顔に変えて続ける。
「お互い呼び易いのにしよう、藍田サン」
入学当初からクールなイメージだったが、こういう顔もするんだ。こっちが素なのかな?
ちょっと悪戯心が芽生えて仕返ししたくなった。
「そうだね、徐々に慣れていこう……シュンくん」
「ヒェッ!?」
思わぬ叫びに周りが注目する。
「な、何でもない、気にしないでみんな!……ふぅ、危ない。俺も苗字呼びにしてください、お願いします」
「了解です、アイサカくん」
その後、続々と教室に集まった同班のメンバーや友人達と話し合い、課題を効率良く済ませるとある案を立てる。
「じゃあ、週明けからのランチは自作を持ち寄って課題をクリアだ!」
「「「おーーっ!」」」
昼食時間を利用して意見交換をし、評価人数を一気に稼ぐ、その名も〈ランチでクリア作戦〉。
まんま、だなぁ〜。
だがしかし、ワタクシとしては将来を見据えて更に第三者の正直な言葉が欲しいところ。
というのが口実なのは明白ですが。
意を決してあなたに試食をお願いしたのだけれど。
「やはり無しって事で」
「どうして?」
「改めたら自信ないし仕事終わりに悪いなぁと」
「楽しみにしてたんだけど」
(うー、どうしよう……)
「はい、沈黙してないで正直にどうぞ」
「……重いかなと」
「え?オレの胃袋、そんなにポンコツじゃないよ?」
「じゃなくて、その……精神的に?」
「そんな事を言った覚えはない」
「うん、その、友達の助言があって……」
当然、詳細は明かさぬままにしておくが。
〈ランクリ作戦〉決定前にタナちゃんと誰に意見を聞くべきかを話題に乗せていた際、隣の席からふと漏れた言葉がありまして。
『付き合い始めの彼氏に、それはちょっと重くないかな? もう少し経ってからの方が、互いに良い気がする。そんなに焦るモンでもないじゃん、じっくり進んだら?』
「んー、オレより友達が優先になっちゃったか。信頼度低いのショックなんだけど」
「……そういう事じゃないよ」
「ごめん、分かってる。その友達に嫉妬して意地悪した。もう一度言うよ、オレはカホの手料理を食べたいです」
ふわぁーっ!
もう、この人はなんて事を言うのかな!
でも、この言葉は額面通り受け取っておきます。
「じゃあ、改めてお願いします。ちなみに何が食べたいかだけヒントをください。主菜を軸に組立てるので」
作る側としては、肉か魚かだけでも言ってくれると有り難いものなのです。
「リクエスト出来るのか、どうしようかな、うーん……」
さてさて、何が飛び出るやら。
せめて経験のあるものであってくれと切に願う。
「よし、決めた。ハンバーグでお願いします。和風おろしも捨て難いけどケチャップとソースを混ぜたヤツが好きなんだよね。匙加減は任せるよ。そうそう、チーズが有ったら尚良いね、って要求が多過ぎる?」
いえいえ、逆にその方が無理させることがないし、何よりあなたの好みを詳しく知れて嬉しいので張り切ってお応えいたしましょう。
「いつが良いですか?」
「明日でも明後日でも、毎日でも♪」
「毎日はムリ……」
「ははは!楽しみに待ってるよ」
「はい、頑張ります」
◆ ◆ ◆
精神的に重い―――か。
付き合いの長い親友から飛び出す台詞ではない。
新たな女子友が妬んでの言動なのか。
それとも。
数少ない
後者ならば厄介な話だ。
つまらぬ不安を煽る輩の関与は全力で阻止したいが、四六時中付いてまわる訳にはいかない現実がもどかしい。
きみのその純粋な想いはとても眩しくて、時に不安定さをはらむ。
思わぬ方向へ流されて行かぬよう、オレがしっかりと繋ぎ留めよう。
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