第5話 伝染
『聞いていい、おデートよね?』
そうですよ?
『それなのにお前は、そんなにガッチガチの暑苦しい格好で出掛けるのかっ!』
友人や母から散々
ならばどうするべきなのかご教示ください。
『脚を出せ、肌を曝せ、極限まで!何なら水着で行きやがれ!』
皆さんの貴重なご意見から、自分が如何にガード固めなのかが伺い知れました。
ありがとう、ぐすん。
よって、露出の多い夏だからと今日こそはスカートを穿いてみる事にした。長いけれどヒラヒラ。これでみんなの助言に近付いたのではとエヘンと胸を張るが、全然足りないと言われて撃沈。
私は大学デビューもし切れない弱虫ちゃん。
急に女子力を上げるのは背伸び感が半端なくて恥ずかしいから、丈もデザインも少しずつバリエーションを増やして自身の変化にも徐々に慣らしていく事にする。
さて、間もなく迎えが来る頃なので玄関で待機。
甘辛テイストとやらを踏襲すべく、いつもの通りのスニーカーに片足を入れて、やっぱりやめる。
ここは先日購入したサンダルの出番では?
◆ ◆ ◆
たかが、買い物。されど、買い物。
目当てのものは決まっているが、ショッピングモールへ来たからには端から端まで歩きたくなるのが乙女心。なので、そこはお許し頂きたい。
それにしても、低いとはいえヒールのある靴は慣れなくてちょっぴり疲れる。
「喉が乾いたな、どこか入ろうよ、別腹ある?」
何というタイミングの良さ、もしや悟られた?
でも、今の私には嬉しい助け舟、力強く答える。
「有りまくりです!」
「……ぷっ、その言い方」
「可笑しい?」
「いや、昔お世話になった人の事を思い出した。叔父さんの友達」
それは確か、きのこ嫌いの幼いあなたにその素晴らしさを説いた方でしたか。
未だに苦手のようですが。
「歩み寄る努力はしてますよ、カホの試作でも残さず食べてるしね」
事実か否かは敢えて問わないが、課題が終わってもたまに作る惣菜を試食してくれるお陰でレパートリーもだいぶ増えて有りがたい限りです。
「鼻をつままずとも食していただけるよう、更に精進いたします、頑張ってね」
「子どもじゃないからしないよ、そんな事!」
ふふふ!あはは!
「手っ取り早くフードコートでも良いかな?」
「十分です」
さて、何にしようか。
ドーナツ&アイスカフェオレセットに決めて最奥にある店頭へと向かおうとすると、
「行ってくるから、その辺に座って待ってて」
肩をポンと叩いてあなたが颯爽と歩き出す。
あちゃ〜、やってしまった。
こういう小さな出費は私が出すと決めていたのに、一歩踏み出した瞬間、踵に痛み感じて遅れをとってしまったのだ。
なかなか上手くいかないね。
一人でテーブルにつき、あなたの目が届かないところでこっそり踵を擦る。あと三歩で皮が
どうか、このままバレませんように。
「お待たせしました。ねぇ、カホ、残りの買い物って今日じゃないとダメなもの?」
戻ったあなたからの質問。
こういう街ブラならぬ店ブラはしんどかったかな?
「そんな事ないよ。オレも久し振りに買い物できて楽しいし。でも、天気良いし、予定変更して海でも見に行きません?」
異論はないので二つ返事で頷く。
◆ ◆ ◆
眩しい陽射しが車内にそそぎ、突然ひらけた視界の先の海面は凪いでいるのか、波もゆったりと動いて見える。駐車場に停めたフロントガラスの先に広がる砂浜と押しては引いていく波。
海までは車を出すか電車を乗り継がねば行けないので、目に映るだけでどうしてもテンションが上がってくる。
「窓、開けていい?」
「どうぞ。なんなら波打ち際まで行こうよ。あ、でも、ちょっと待って」
私が座る助手席の後部の足元をガサゴソと探る。
うわわ、顔が近い!
はわ〜っ!浮き出る首筋が、チラと見えた鎖骨が、途轍もなく色っぽ……いや、失礼。
ひとりでバカみたいにドキドキしてると、出てきたのはあなたの運転用のサンダル。
「歩きづらいかもだけど、お似合いのサンダルが砂に
何という心遣い、涙出そう。
「毎回靴下履いて使ってるからご心配なく」
「ふふふ、わざわざ言われると逆に怪しむよ?」
「念の為、ですよ。では、行きますか」
ドアを開ければ潮風が鼻を擽る。
梅雨明けしたばかりで真夏の暑苦しさがまだ足りないせいかとても気持ちいいし、何よりぶかぶかの足元が嬉しい。この背のお陰で足までも大サイズの私が、まるでペンギン歩きの覚束ない足取り。
すると、
「お手をどうぞ」
サッと手が伸びる。
「さすが、慣れてらっしゃる」
「真面目な話、カホにしかしませんよ」
「ふーん、どうですかね」
「信用ないなぁ、じゃあ、この手は引っ込めるか」
お待ちを!
あなたからの助けは全て頂戴します!
きゅっと組み返す大きな手に包まれる幸せ。
照れ臭くて次第に熱を帯びてきても、どうか知らんぷりしてね。
◆ ◆ ◆
一頻り波と戯れてちょっと休憩。
先程までの足の窮屈感も、どこかへ飛んでいった模様です。
「足、どう、楽になった?」
「やはりバレてましたか。気付かないようコッソリしてたのに、悔しいなぁ。でも、ありがとう大丈夫。ちょっとね、背伸びをしました」
「オレのためなんだな、と思ったら嬉しいし愛しいよ。こっちも負けてられないと楽しみになる」
「また、うまいこと言う」
「嘘偽りのない真実しか述べません、そろそろ慣れなさいよ」
「……そうやっていっぱい愛をくれるけど、わたしの愛は足りてる?」
「その靴擦れも、そういう疑問も、オレへの愛の現れでしょ?十分すぎる程貰って……いや、ひとつ足りないモノがあった。オレの呼び名って何だっけ?」
「えっと……ま、ま……」
「ま?」
「まー……マルヌネコ!」
「人ですらない!……ていうか、マルヌじゃなくてマヌルじゃない?」
「え、そうなの!?ずっとマルヌだと思って連呼してたよ、恥ずかしい!」
「ぷぷっ、ググるってみる?」
「そうしてっ!」
◆ ◆ ◆
埋められぬ差を焦るように縮めようとするその行為を咎める資格など当然なくて、それでもそこまでしてくれるきみの愛を感じずにはいられない喜びしかなくて。
もっと近い時間軸で出逢えていたら。
不安で押し潰されてるのは、その実オレの方。
悟られぬよう必死に隠す。
人の心は伝染り易い。
オレから伝染るのは、嬉しさ、楽しさ、愛しさだけでいい。
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