第6話 過ぎた誕生日
「もうすぐカホの誕生日だよね、ご予定は?」
覚えてくれてる!という嬉しさと、ふたりだけで祝い合うカップルらしい行動に改めて照れずにはいられない、恋愛ビギナー。
「不本意ながら、前祝いで〈歌の
「ぷぷっ、言い方!どちらも同じメンバー?」
「カラオケは大学の、食事は高校の仲間」
「どちらも気をつけて行きなよ。ご家族とは?」
「焼肉を食べに行くくらい。誕生日が平日の年は、その週末に後祝いするきまりになってて」
「ならば、当日の夜に今後の献立作成の研究がてらフレンチでも如何ですか?」
「はわ!思いもよらぬ高いハードル!緊張するぅ」
「オレも滅多に行かないから同意。でも、後輩くんが教えてくれたビストロのオーナーが気さくな方で、店内もラフな雰囲気らしく、しかもリーズナブルなのに超
「ビストロって、確か大衆食堂みたいなものだよね?それならば気張らずに行けそう。でも……そんな贅沢しちゃって良いのかなぁ」
「でなければその分が
私が遠慮せぬよう、上手いことチャッカリして見せるところは天晴ですが。
欲しいものは有るんですよ。
初心者乙女の憧れ、ペアリングとかペアリングとかペアリングとか。
でも、会わない時間も必ずつけて欲しいなんて我儘は通らない接客業だし、それはさすがに重だるい。
そして、あなたが言うことも納得のド正論なので。
「あのね……お料理だけで十分だからね、他には何も要らないからね」
「うん、分かってる、それ以外は何もしない」
「ちゃんと言ったからね、フリじゃないからね!」
「うん、車を出してドアの開閉をして、手を差し出してエスコートするくらいしかしない」
「そ、それはそれでやり過ぎ……」
「慣れましょう。じゃあ決定で良い?」
「お願い、いたします」
◆ ◆ ◆
一際大きなプレートに盛り付けられたデザート。
プチケーキには小さな蝋燭が立ち、季節のフルーツとシャーベットが彩り良く並ぶ。点在する艷やかなソースが滑らかに美しいラインを描き、そこかしこからきらきら星が舞い踊る様に煌めいている。
あぁ、ちょい背デカな乙女のワクワク感はずっととまらない。
『 Happy birthday
KAHO 』
流れるようなチョコの文字が正しい位置に落ち着くと
「歌を歌ってもらうコースもあったけど」
「いやいや、さすがにそれは耐えられない!」
「だよね。では、改めて。誕生日おめでとう、カホ」
「ありがとうございます」
一吹きで蝋燭を消すと、周囲から拍手が湧き上がる。あちらこちらへ会釈で感謝。
顔が、熱い!
「話が違うって顔しないの、良くある話でしょ?で、違うついでにこれもどうぞ」
にっこりタレ目を細めて目の前に可愛らしい小箱を差し出し、ずいっと渡してくる。
「もー、何もしないでって言ったのに」
「これはオレの我儘。オレが選んだ物で縛りたい支配欲。あとはカホの好きなようにして。なんて言っちゃうとせざるを得ないかな?」
「言われなくても使う気満々ですから。開けても良い?」
しれっと放たれる物騒なワードは聞かなかったことにし、勿論、と頷くあなたの優しい視線を受けて、緊張で震えそうな指で包みを解く。僅かに握力を加えながらパカッと開けてみると、そこにはネックレスが。ゴールドの柔らかな色味に透き通るローズピンクの小さなハートが包まれて、チェーンから曲線を描いてぶら下がるデザインがまた可愛い。
「カホのイメージで選んでみたけど、オレのセンスは問わないでよ」
軽くおでこを掻きながら視線を逸らす仕草にも、何よりも私のために選んでくれた行動にも幸せを感じてしまう私を〈チョロい〉という奴が居るならば好きに言えばいい。
「散々断りながらゲンキンなこと言うけど、やっぱり嬉しいです。こういう風に見えてるって事も知れて、更にね」
「んん?どういう事?」
あなたが不思議そうな顔で尋ねるので、これまで謎のままにしていた(?)高校生活をこっそり教えることにする。
中学生まで肩丈のボブヘアだった私は、高校進学を機に思い切って男性K-POPアイドルのようなショートボブに変えた。
一時期ハマりましてね、
その時のスッキリ感が癖になり、たまに伸びることも有りながら同じスタイルを保ち続けてきたのですが。
私は知らなかったのです。
女子校に背高のっぽのショート女子が存在する事の意味を。
特に秀でたもののない平凡な身でありながら、たまに熱い支持を受ける事のいたたまれぬ気持ちは猫背となって顕著になり、軽音部員になったは良いが何とか目立たなく生きようと必死になる。
そんな私の背中をあなたが押してくれて少しずつ自信もついて、レア度MAXな男性パートを演じる楽しさも見出せて、家政学科生の集大成である服飾ショーの為に作ったタキシードを着て同級の花嫁さんとランウェイを何往復するのも誇らしかったから、それはそれで良いのだけれど。
いつしか自分の中でこう有るべきだという思いが浸透してきて、気付いたら服もメンズライクな物ばかりになって女子力なんて何処かへ置いてきちゃって―――。
「どうしても寒色系やモノトーンになりがちだから、こんな可愛いイメージを持ってくれてるんだなぁ、と感動した訳ですよ」
自分で言うのも照れ臭くてあなたみたいに視線を外してしまう私に、柔らかく微笑みながらあなたがその先を続ける。
「オレも初見はその印象だったけど、レッスンで会ううちに違うんだ、と気付いたんだよね。何より小物がめちゃ可愛いもの使ってたじゃない?薄紫にピンクの花柄ティッシュケースとか、ほんわかキャラのペンケースとか、さ。大学入ってからその度合いも増えてきたから、漸く自分らしさを出してきたカホにはコレしかない!と即決だったんだ」
あわわ、バレてましたか、恥ずかしい!
でも―――。
「いつも良く見てくれてありがとう。これ、早速明日からつけて行くね」
「何なら今からつけて差し上げますよ?」
ふわぁぁ!
「ならば、お願いいたします!」
◆ ◆ ◆
烏滸がましいとは思いつつ、家族以外ではオレがきみの事を一番良く知る人物で有りたいと願ってしまう。
同時にその想いが強くなればなるほど静かなドス黒い
要らぬ嫉妬だとは分かっているが。
我ながら焦っている。
きみの口からたまに出てくる隣の席の存在に。
お前が手を出すべき相手ではないとさり気なく牽制し、早いうちに諦めさせねば気が済まない。
これはそういう布石。
大人げ無いと言われようとこれだけは譲れない。
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