第4話 いとコ(中)

「あれ、マサト? そうだよね?」

 後方からあなたに向けた声を聞き、咄嗟の事に驚いて思わず振り返る。

 どう見ても学生ではない出で立ちの、教員としても学内では見かけたことの無い二人組から発せられたみたいで。いや、そのうちの一人か。

 ふわふわのロングヘアに猫のようにキリッとした大きな瞳。背丈も標準的でスタイルも良くスーツをビシッと着こなす、いわゆるオトナの色気満載の素敵な女性ひと

「……失礼ですが、どちら様ですか?」

 一拍の間を置き小さく首を傾げてあなたは答えるが、決定的瞬間を目撃した私にはまるっとお見通し。眉を小さくピクッと跳ね上げて薄っすら笑みを浮かべるその様が、明らかに〈知人〉と認識した顔だったのだ。

 本人は至ってシラを切り通したいようだけど。

 それに加え、私にその存在を見せぬよう間に割り込む周到さ。


 ……何か、モヤモヤする。


「お忘れとは寂しいなぁ。高校の同級生・タマちゃんですよ、思い出した? 今ね、大学の事務方やってて教授の出張講義についてきたの。暫くこっちに戻ってるから飲みにでも付き合ってよ」

 軽やかな声であなたに約束を取り付ける、が。

「あぁ、あの時のね。久しぶり……なんだけど申し訳ない。忙しくて暇がないから、他の奴らを当たってよ」

 これまで数回だけ見たことのある、ガチで凍えそうな冷ややかな笑み。

 女性相手にやり過ぎでは?

 ―――と思う反面。

 リカコさんといいこの方といい、あなたの周りには魅力的な女性が多数られるようで気が気でない。そうやって勘繰ればキリがないが、特にこの二人の間には只ならぬ雰囲気を感じてしまい……。

 これは、私の気のせいだと思いたい。


「そんな冷たい事を言わないで。そちらのお嬢さんも同席いただいて構わないからさ。ねぇ、どう?」

「あの、私は―――」

「成人してないから、無理。ていうか、彼女はこれから講義が有るからこの辺で失礼するよ、じゃあね」

 行こう、と踵を返しきゅっと握った私の手を引いてその場を後にしようとすると、フフンと微笑むお姉様が不意に問う。

「では最後に一つ、お二人のご関係は?」

 私は固唾をのんで次の言葉を待ち受ける。

「オレの

 やや怒気をはらんだ素っ気ない声での返答。

「なるほど〜、ウフフ。またね、おふたりさん♪」

 満面の笑みで手を振るタマちゃんさんを無視してあなたはずんずん進む。

 その行動は良いのだけど……。


 は~~、そうですか、そうですか。

 〈オレの彼女〉とは言わないんですねー。

 とっくに、二十歳にもなってますけどねー。

 本当にですよ。

 しかもご丁寧に釘をさすわけで。

「もし、今後声を掛けられても一切関わらず、何を言われても聞く耳持たずにガン無視していいから」

 何か隠したい事が有るんですかね?

 だったら先に吐きなさいよ、そんなの知るか!


 ◆ ◆ ◆


(はぁ、どうしよう……)

 あれから数日後。

 バイトが入ったタナちゃんを見送った後に学内の喫茶スペースで勉強道具を広げてみるものの、あの日の事が思い出されて課題が全く進まない。

 同い年の男女が当時に思いを馳せるように――してないけど――並び、笑う。そんな様子を見せつけられると、胸がジリジリと焦がされるように痛苦しくて、やるせない。

「どうぞ」

 ペンケースの傍らにトンッと小ぶりのペットボトルが置かれる。

 突然の差し入れはアイサカくんだった。

「あ、ありがとう。お金―――」

「それくらいいいって。どうしてもって言うなら次回奢ってよ。デカいやつ」

 さすが気配り王子。

 今の私にその優しさが身に沁みる。

「では、いただきます」

 コキュっと開栓すればカフェオレの薫りが鼻を擽る。一人では要らぬ妄想を掻き立てるだけなので、気分転換に弾む会話は本当に有り難い。

 

 ―――が、あなたの話になり雰囲気が変わる。


「この前、カフェで一緒だったカレシさん。

 見た目若いけど十歳も離れてるって、どうなの?

 その……色々ツラくない?

 実は、あれから駐車場で見たんだよ、俺。

 仲良さげにふわふわロングの女性と話してたの。

 何か……大丈夫?

 騙されてたり、してない?

 食事を持って行ってるって聞いたけどさ。

 巧いこと囁いて搾取して捨てる、とか。

 藍田が選んだ人だから、無いとは思うけど。

 その優しさだって心底かどうか、怪しくない?」


 年齢差。

 昔を知るご友人方。

 唯でさえ感じる焦燥に

 追い打ちをかける、有り難い助言。 


「搾取かぁ……搾取ね……」

 苦笑いとともに思わず声に出てしまう。


 そうしてくれればもっと気が楽になるのにね。

 これは親友のタナちゃんにも秘密ですが。

 私達はそれ以前の問題なのだよ、アイサカくん。

 あぁ、もうお喋りは止めておこうかな。


「そうだ、調べ物が有るんだった。図書館行くね。カフェ・オレ、ありがとう、アイサカくん」


 これ以上、男子目線の意見は聞きたくないや。

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