第4話 いとコ(上)
きみを自宅まで送り帰宅する。
つい先程までふたりで居たのが嘘のように静まり返る部屋。どれだけ回数を重ねても全くもって慣れやしない。だからといって出禁にすればこの身が
ピコン♪
「ん? どうした、どうした?」
⇒ もしかして、そっちに実習セット有る?
明後日の講義で使う為に洗濯しようと持ち帰った筈がどれだけ探しても見当たらず、もしかしたらと連絡してきたようだ。
リビングを軽く見回すが。
「うーん、無さげだけど。あれ? 保冷バッグが置きっ放しだ……って、中に有るっ!」
詰めてきたお惣菜と入れ替えたらしい白衣と帽子が、厚手のビニールバッグに丁寧に畳まれていた。
すかさず通話をタップする。
「もしもし、カホ? こっちに有るよ」
『うわー、やっぱり! ごめんなさい、明日のバイト帰りに取りに行く』
そうは言ってもあなた、我が家に来ると自宅の最寄り駅に着くのは二十二時近くになりますよね?
オレは副業があるから送れないし。
過保護か、と引くでしょうが心配なんですけど。
だから、先手を打つ。
「明後日は休みだから、大学に直接持っていくよ」
『え? いや、でも洗濯しなきゃだし』
「うちの柔軟剤でよろしければ、クリーニングの上でお渡しいたしますが?」
『いやいや、あー。でも、うーん、うん……』
お悩みのようなので条件をつけてみる。
「見返りに、大学図書館併設のカフェで奢ってよ」
友人達にもろバレで嫌がることは承知の上で試してみる、姑息なオレ。
『ふむふむ……では、お願いしても良いですか?』
なのに、
拍子抜けると同時に安堵する。
「大切に洗浄させていただきます」
『うわわー、本当にゴメンね!』
「いや、こちらこそゴメン……気付かなくて」
あぁ、心の中は罪悪感でイッパイ。
『どうしたの? これじゃ、謝りごっこで朝が来ちゃうよ、ふふふ。明後日、お願いね』
「着いたら連絡するよ」
『はーい、お待ちしております。ねぇ……もう少し話してても、いい?』
勿論だ、と伝えるまでもなく、会話は次から次へと止めどなく弾んでいき、漸く通話を終えて改めて気付く。
そうか、大学生・藍田カホの様子が伺えるのか。
これは喜ばしい限り……イケナイ、これ危険認定されるやつだな。
◆ ◆ ◆
カホの通う大学は正門から入ってすぐの位置に図書館があり、館内と併設カフェが一般利用出来るようになっている。
念の為に正門の警備員に断りを入れ、カフェの前できみを待つ。これまで幾度となく待ち合わせをしてきたが、こうした些細な瞬間が常に嬉しくて心が浮き立つのを必死に抑えている事は、当然、秘匿事項だ。
「お待たせしました! 次の講義まで時間が有るから中に入ろう、いい?」
息を弾ませて駆け寄り話すきみは、この一年で
これは女の園に染まりきった弊害じゃないかと思うのだが、オレがカホを見過ぎてるだけなのか?
「はい、実習セット。間違いないよね?」
「ありがとう、助かりました。わわ、アイロンまでかけてある〜! 遠慮なく、好きなものを好きなだけ頼んでね」
どちらが遠慮してるのか、と問いたくなるがグッと堪えてメニューを選ぶと、きみはニコニコしながらこの時間までのキャンパス生活を語り始める。
それから正味三十分ほどを表面上はにこやかに、しかし裏では「可愛いこと、この上なし!」と絶叫し、課題の難しさに顔を顰めて教員からのお褒めの言葉に歓喜するその表情に終始見惚れ続ける。
そして同時に、窓越しに友人達と挨拶代わりに手を振る様子を複雑な思いで何度かやり過ごす。
オレが居て良いのか、と弱気になりながら。
そんな思いを知ってか知らずか、きみは視線を合わせるとフワッと顔をほころばせ、ペロッと舌を出して決定的な一言を発する。
「てへ、何気に彼氏自慢してます。嫌だったら言ってね」
いや、もう、何なの、この娘!
これまで注いできた愛情の仕返ししてんの?
危うく顔が火照りそうになるのを悟られぬよう俯いて、わざとらしくプッと吹き出し照れを隠す。
うー、今すぐ抱きしめたい。
いっその事、連れて帰りたい。
アホみたいに内心悶絶していると、コンコンと窓を叩く音にきみが反応する。
「ん? アイサカくんだ」
事あるごとにちょっかいを出しやがる〈草
昨秋の花火大会の頃と比べると垢抜けて、さらさら前下がりマッシュに大きめの力強い目がきみを捉えて腕時計を指差す。ウンウンと頷く返事を確認するや否や、こちらにチラッと視線を向けてペコリと会釈。
やや緊張気味ではあるが確実に敵意を漲らせる
バチッ!
カホには見えぬ火花が散る。
「そろそろ時間かな?」
「うん、そうだね」
荷物をまとめて外に出る。
あー、帰りたくない、離したくない。
「あー、行きたくない、このまま帰りたい……何て言ったら怒る?」
心の声がダダ漏れしたのかと息が止まりそうになるが、我を取り戻して苦言を呈する。
「……カホさん、学生の本分をお忘れなく」
動揺を見透かされぬよう必死に取り繕ったせいか、カホの後方からやってくる二人組の存在に全く気付きもしなかった。
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