第13話 どうかこの手をとって
課題を口実に始まった惣菜の試食が気付けば毎週のようにお願いするまで増えていき、ここにきてふと思い直してみる。
「何も言わないから流れに任せて続けてるけど、大丈夫?」
「何故にそんな事を聞くの?」
いやぁ、だって……。
「オレが思った事を口にする正直者だってもう知ってるよね? 嫌なら迷惑だと言うところを受け入れてるってことは、そういう事でしょ? 今更、何を気にする必要があるのかな?」
うわぉぉ、その満面の笑みでの畳み掛けるような質問攻め。慣れてきたとは言え改めて……コワい!
「逆に、学業とバイトの合間に貴重な時間を使わせて、それが負担になってるならハッキリ言ってくれなきゃ分からないよ」
「違うよ、そうじゃなくて! 私は、やりたくてやってるだけだから、それが一方通行なんじゃないかと確認したくなっただけで……」
「オレとしては、カホが作る栄養バランスのとれた美味しいおかずが毎回楽しみで、もっと増やしてくれないかなぁ、なんて欲を出したくなるんですが」
「……そうなの?」
「どうしても野菜不足は否めないから、その日に食べ終わるメインも
は、はぁ!?
フフン、じゃないよ!
また赤面するような台詞をシレッと挟んできて。
本当に私を喜ばせる天才っすね、まーく……あなたは!
という口論(?)を先日やらかしてから、惣菜を冷蔵庫に納めがてらバイトの無い日はあなたの部屋に入り浸る私。
冬はあなたの本業が様々な人生の転機に合わせて最も忙しくなる時期。GWやクリスマス同様、ぽつんと一人で居るのはちょっぴり寂しいけれど、時に感じるあなたの日常の気配に包まれていると思えば暦の上の春風と共にパピューンと吹き飛ぶ―――ということにしておく。
そして今日のあなたは研修で都内へ。
一方私は、初冬に通い始めた運転免許教習の学科試験対策と学内模試で明された苦手分野克服を春期休業中に進めている。
緊張のバレンタインライブからの解放により、遊びとバイトに精を出し過ぎて重要案件を放り出し続けたツケが回ってきたのだ。しかも、
改めて見廻せば、ヒト様のリビングテーブルにはパソコンを中心に書物やメモ書きが散乱していて目も当てられない有様である。
これは……あなたが居なくて逆に良かったかも。
「んー、さすがに、疲れたー!」
身体を解すように首を回し、フル回転させた脳ミソを暫しの休息へと誘う事にする。
ひとつ伸びをしてぬるくなったカフェ・オレの残りを一気に飲み干す窓の外は、陽が落ちかけの黄昏時となっている。
「あっちは終わる頃かなぁ。帰りは遅いだろうし。こっちも区切りをつけて帰らなきゃ、だね」
ホットカーペットに直座りしたままでソファに
『お土産、楽しみにしてて』
最後に会ったのはバレンタインデー翌日。
ひと月弱会っていない事を忘れるくらい、僅かな時間でもマメに連絡をくれるから気にしない様にしてきたけど。
いつでもあなたそのものに触れたいし、直接耳元に囁く声を聞きたいよ……。
◆ ◆ ◆
「―――以上になります、本日はお疲れ様でした」
締めの言葉でザワつく会場の窓に射し込む夕陽が今日の終わりを告げる。
今頃きみはどこで何をしてるのだろうか?
遠方へ赴いたせいか、そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る一日だった。
研修後に参加メンバーと夕食をとり、一足早く帰路につくために時間ギリギリまで悩んできみへのお土産を買う。指定の特急に危うく乗り遅れそうになるが息を整えて座席に落ち着くと、同じく駆け込みと思われる慌ただしい乗客の中から聞き覚えのある声が降り注ぐ。
「あっれ〜? 何でここに居るんだよ、出張?」
「うわ、アッキーだ。疲れてるのに何で会うかな」
「相変わらず扱いがひでーな、それはこっちの台詞だっつーの」
出張帰りだという幼馴染みの一人に捕まってしまった。運悪く、オレの隣席は空席を表す赤ランプ。視線が合うとニンマリ顔でしれっと席につく。
「今日はまっすぐ帰るから誘わないでよ」
先手必勝、有無を言わさず全力で拒否る。
「その気はないから心配すんな……って、もしかしてアレか、カノちゃんか!」
面倒くさい話が始まりそうなのでそれも全力で回避する。
「陽が延びたとはいえ、まだ日暮れも早い三月上旬にこの時間だよ、いつまでも居るわけないでしょ?」
「おぉ? という事は部屋に出入りさせてんだー、ヘェ~?」
ニヤけ面で覗き込む仕草が腹立つので反撃開始。
「それより営業先の新人ちゃんとの親睦は深まったの?」
一瞬の間を置き、返る言葉は?
「……俺と深めてどうすんだよ。もう一年経つし、
コイツがこうしてニヘラと笑う時は内心を誤魔化す時。
本人は明かさないが、春に出会ったおとなし女子が気になりつつも一歩踏み切れずにいるのを、幼馴染みであるオレ達は知っている。
理由は痛い程わかる。
募るばかりの想いとは裏腹に無駄に湧き上がる固定観念、先入観、そして世間体。
年の差という奴は容赦なく現実を突きつける。
だが、気にしだしたらキリがない。
人生長いのだから、ここぞ!という時に凝り固まった考えをぶち壊さずしてどうするのだ。
「―――と、思うんだけどねぇ、どうよ?」
暗に背中を押せば、
「ははは、俺には関係ない話だわ」
眉間を掻きながら更に乾いた笑いで誤魔化した。
◆ ◆ ◆
中学・高校のアオハルは訳あって捨てた。
その後迎えた恋は思えば受け身ばかりだった。
それでも出会ったからには大切に想い、ありったけの愛を注いできたが欲しがることはしなかった。
いつか失うものに執着すれば後が辛いから。
いや、違うな。
始まりからして熱望したものではないから、そこまで気持ちが高まらなかったんだろう。
早々に見切りをつけられるのも無理はない。
それでも、いつかどこかで縁が結ばれる。
そう思って日々を繰り返してきた。
そして繋がる、きみとの
切望して絶望して、思わぬ誤算に歓喜して。
でも現実は厳しくて、でも諦観は出来なくて。
これ程欲した恋は初めてだった。
だからこそ大切にと思いゆっくりと進めてきた。
歯止めが効かない危険なオレと抑制を解いた先の暴走が怖い臆病なオレとのバランスを保ちながら。
なのに。
なのに、この娘は全く〜!
「何やってんの、カホ!」
「ふわぁぁ〜、おかえり……って、え?」
互いに見つめ合い、置き時計を確認させる。
時刻は21時55分。
「わ……わわ、嘘……何でこんな時間!」
寄り道を告げておらず、みるみるうちに青ざめるきみに家族への連絡を促すと、きみを心配するお父さんからの連続メッセージに更に泣きそうな顔で助けを求めてくる。
「先ずは無事であることを知らせる。次にデータの保存。散らばってるこのメモは一つに纏めるよ、いい?」
「お……お願いします!」
いけないと思いつつも願ったのは確かだ。
きみが待つ、明かりのついた部屋に戻る幸せを。
きみの温もりを
うっかりうたた寝が過ぎて悄気げるきみを隣に乗せ、対向車も減りつつある片田舎の国道をひた走り、両親の待つきみの自宅へと急ぐ。
このままあてもなく突っ走り、何処か遠くへ連れ去りたい思いを必死に抑えながら。
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