初夏 サトちゃんとオレのてぇてぇもの

 故郷を離れて大学生活を満喫していた矢先に母親を亡くした幼馴染みが、出会いを運命と確定して勝負に出ると覚悟を決めた。

 家業を継ぐべく勇んで進んだ習得の場で現実を突き付けられ自信喪失したもう一人の幼馴染みは、同窓生と十数年越しの想いを通わせ入籍待ち。


 だからといって焦りなんぞ、あるわけがない。

 事の顛末を知るだけに我が事のように嬉しくて、幸せを享受して欲しいと切に願うばかりだ。


 そう、それだけのこと。

 だから、これも偶然が重なった結果なのだ。

 決して、外堀を埋めるため、とかではない。

 ―――多分、きっと。


 ◆ ◆ ◆


 ピピピ、ピピピ、ピピピ。

 午前六時五十分、アラーム鳴動。暫しの微睡みの後、起床。洗濯機を回し、身支度を整える。朝食後は、週二回の可燃ごみと週一回の不燃ごみを収集。本日は一日快晴とあり、洗濯物を外干し。掃除は、ロボくんに一任。

 午前八時十五分、未だに決して見せることのないボールペンとシャープペンシルを大切に胸ポケットに挿し、颯爽と自転車で通勤。誕生日にカホから贈られたマフラーはいい加減クリーニングに出さねば。名残惜しげに躊躇っている場合ではない。

 午前八時三十五分、出社。シャッターを上げて看板とノボリをセット。店頭の清掃と店内の整理。新着情報の確認。外勤予定を明記し朝礼が開始。

 午前九時、商店街の時報メロディとともに開店。


 昔なつかし、朝のルーティンをお届けしました。


 卒業した専門学校とは畑違いの業界に就職し、都市部から地元に戻りこの店舗に配属されて早六年。県をあげての制度導入に先駆けたプランの発案や新規開拓、独断の人員スカウトなど、型破りな行動にも耳を傾けて受け入れてくれる上司には頭が上がらない。オレの弱みを握ろうと躍起になる同僚や可愛い後輩を始め、抜かり無いサポートを担う事務方お姉様達も無くてはならない大切な存在だ。

 皆の助力が有ってこそ、現在のオレが居る。


「今の職に就いた理由を、お聞かせ願いたい」


 無事に三年次へと進級を果たしたカホから不動産業界に入ったきっかけを訊かれた。夏のインターンシップの申し込みに合わせて就活に向けた質問を受けた、が正しいか。

 当初は、幼い頃から面倒を見てくれた叔父が柔道整復師として働いている姿を真似るようにその道へと進み、体よく押しかけてあわよくば雇っていただく計画だった。しかし、その叔父は一向に独立する素振りを見せず、雇用先も遠隔地のため、諦めて方向転換を計ったのが始まりだ。

 それは折しも、叔父が引越し先を探している時期でもあり、電話越しに自嘲気味に呟く声を耳にした時でもあった。


『俺みてぇな半端者には、未だに厳しい時代だわ』


 求めても望みが叶い難い者がいる。

 ならば、その一助となりたい。

 そう閃いてからの行動は、幼馴染みがボコられたと耳にした時に次ぐ早さだったと記憶している。


「―――でね、その叔父が近々こちらに来るんだけど、単独だと〈甥っ子溺愛パワー〉を受け止めきれないから一緒に会ってくれない?」


「……ほえ?」


「確か、水曜日の三・四限目って講義は無いよね? ランチがてらのお出迎え、是非ともよろしく。カホさん♡」


「は……い?」

 

 きみのその呆然とした顔、いつ見ても可愛いね。


 ◆ ◆ ◆


 ランチタイムを過ぎ、やや静けさを取り戻す午後二時。駅近くのファミレスで叔父達と落ち合い、早いティータイムを楽しむ。


「話には腐るほど聞いていたが、滅茶苦茶可愛いお嬢さんじゃねぇかよ、まあちゃん!」


「えーと、ありがとうござい……まあちゃん?」

「外では呼び捨てにして欲しいんだけどねぇ……」


 いつまで経っても呼び方を変える気の無い叔父に静かに抗議するも、受け入れられずに一笑を買う。

 変わらぬ愛情を注いでくれるという事実がこの上ない喜びでもあるが、いい大人が〈ちゃん呼び〉というのは気恥ずかしい。


 まぁ、オレもこの叔父を〈サトちゃん〉と呼ぶのでお互い様だけど。


 少し痩せたように見える叔父は、オレと同じ母方譲りのタレ目を終始デレっとさせてすこぶる上機嫌に喋りまくり、洗いざらい暴露するオレの過去と、時折感涙で咽び泣くその変わり様にカホの動揺を誘いつつ、初対面である互いの緊張をあっという間に解いていく。和ませスキルは未だ健在のようだ。

 が、さすがに一息つかせたい。


 というか、昔話はむず痒くて、居た堪れない。


「みんな、飲み物を追加してくるよ。何が良い? カホ、手伝って」

「おいおい、まあちゃんよぉ……奥に座るカホちゃんを使うんじゃねえよ。ヨシ、頼むわ」


 オレの向かいで頷く叔父の連れが立ち上がる。

 預かり知らぬところで更に醜態を晒す羽目になるのではと心配だが、こうして畳み掛けられたら何も言えず、従うしか無い。


「では……カホ、何を飲む?」

「ありがとう。じゃあ、酸っぱい系の炭酸で」

「るーさんはどうします?」

「俺は茶が飲みてーな、ヨシに任せるわ」


 一抹の不安とカホを残し、〈ヨシ〉と呼ばれた彼とドリンクバーへ向かう。

 こうして二人きりで話すのも、久しぶりだ。


「相変わらずの甥っ子コンプレックスで、嫌になっちゃうよね」

「あれは生涯治らないでしょうね」


「ヨシくんはいつから、こっち勤め?」

「環境さえ整えば場所は選ばない職種なので、るーさんに合わせて」


「そっか、たまには顔を出すよ」

「そうしてやってください。カホちゃんの事も気に入ったようなので」


 オレの隣りで数ある中から茶葉を選定するヨシくんは叔父の人生のパートナーだ。

 かつて、友人の手伝いという名目で北国へと渡った叔父が別離と流浪の果てに行き着いた先で出会った、生涯添い遂げると誓い合った相手で、苦しみの先に漸く見つけた一筋の光、と叔父は良く話してくれる。当人にも伝えているのかは不明だが。

 家族内でも、口の悪い見栄っ張りの癖にメンタル弱々な叔父の面倒を見られるのはこの人しか居ない、と満場一致する程に信頼が厚い。

 叔父に早期癌が見つかった時もグズグズに崩れぬよう常に寄り添ってくれて大いに感謝するも、自分の方が支えて貰ったから恩返しが出来て嬉しい、などと答えるような優しさに満ち溢れた器の大きい男なのだ。

 だから、近々行われる手術に関しても一任しているわけだが。


「現状について、聞かないんですか?」

「うーん。全て、信じているしね」


 改めて尋ねられると知る勇気が持てない事を見透かされそうで、言葉に詰まる前にニコッと笑顔を貼り付けて怖気づくわが身を誤魔化す。

 神の手ゴッドハンドの執刀に加えて食欲旺盛ならば問題もなく、嘘偽りない報告も度々受けており、結果的に同じ返答を得るだけならばわざわざ尋ねる必要もなかろうに。


 意地悪だな、ヨシくん。


 もしかしたら、今回の件における影の功労者(=叔父の元カレ)の存在に複雑な思いを抱く彼が、珍しく弱音を吐きたいだけなのかも知れない。

 不躾を承知でカマをかけると、


「あの方には感謝してもしきれないです。俺では、どうにも出来なかった……」


 悔しさを滲ませて呟いた。

 常に絶対不変の愛情で叔父を支えてきた彼がアッサリと弱さを見せる様に驚きつつ、年上に向かって失礼ながらも可愛いものだと微笑ましくなる。


「聞き流してください。何処かで本音を吐き出さないと、息が詰まりますからね」


「ウチの家族は全員が聞き上手だから、いつでもどこにでもぶつけてよ」


 済まなそうに笑う眼鏡の奥で、緊張しきった瞳がふわっと緩まった。


 叔父の部活の先輩である父と姉である母は、叔父の性指向について早い段階で気付き、陰ながら支えてきた。親戚一同に露呈して批判を受けたときも有無を言わさぬ舌戦を繰り広げて守り抜いたが、祖父母の理解はなかなか得られず半絶縁状態のまま時だけが無情に過ぎていった。それでも、親戚への対応の煩わしさから早々に家族葬を選んだ両親の采配で、叔父とともに祖母を看取り、見送ることが出来たのは幸いだった。


 というか、ウチの家族ってば強すぎ。


 この世は未だに叔父達のような間柄に手厳しい。

 男性同士となれば尚更で、ふたりの同棲先を探すにしても難関が立ち塞がり、生活上の手続きや手術の同意にしても仮初めの宣誓制度は婚姻関係ほどの法的効力もない。

 男女格差に漸く世界的なメスが入ったばかりのジェンダー途上国なだけに、前途は多難だ。そうした理不尽さを身近で感じる身だからこそ、微力ながらも役立ちたい気持ちが募る。

 例えそれが、当事者にとって詭弁にしか聞こえないとしても。


「サトちゃん、喋りすぎて疲れたでしょ。そろそろお開きにしようか」


「まあちゃんを語るには時間が全然足りねぇが、仕方ねぇな。カホちゃん、いつでも引越し先に遊びに来いよ。可愛かった頃のまあちゃんの写真をこれでもかと披露するからな」


「今だって十二分にカワイイんですけど〜♡」


「わかってねぇな、まあちゃん。三十路を迎えたら渋さをプラス、だろうが。俺を見習え、パチっとお色気ウィンク〜♪」


「うわぁ、昭和のオッサン臭が漂う! キモい!」

 あはは、と最後に大笑いをしてふたりを見送る。


「大丈夫、カホ。疲れたでしょ?」

「愛が溢れて溺れそう。でも、心地良い疲れだよ」


「付き合ってくれて、ありがとうね」

「お役に立てたのなら、何よりです」


 何度も振り返り手を振る叔父に返し終えて一息つくと、カホが指をそっと絡めながら口を開く。


「大丈夫だよ、まーくん。手術も上手くいくし、術後もその後も心配ないよ」


 柔らかく微笑み、だがしっかりとした瞳で唐突に切り出すその自信に理由を聞かずにいられない。


「医学、看護学に加えて栄養学に周囲のサポート。これだけ揃ってれば、サトさんの病も木っ端微塵に吹き飛んでいく。だから、大丈夫!」


 あぁ、カホにもバレてたのか、弱気なオレ。

 自慢のすっとぼけスキルも落ちたものだ。

 でも、きみのその一言でスッと心がほどけていく。

 きみが隣りに居てくれるだけで心強い安心感。

 本当にきみには敵わないね。


「……ありがとう、カホ」


 少しひんやりとする組んだ手をきゅっと握り返し、傾き始める陽を背に浴びて学生達の下校で賑わう駅へと向かう。


 北海道から病院にほど近い地元県への引越しを決めた叔父達は早々に県のパートナーシップ宣誓制度を利用し、ヨシくんの付き添いのもと行われた手術は無事に成功。その後もふたりは寄り添って、健やかに過ごしている。

 事あるごとに小っ恥ずかしいイチャラブショットを送り付けながら、だけど。


 カホは言う。

「仲良きことは喜ばしき事なり、だね」


 おっさんしか写ってないのに、と問えば、

「老いも、若いも、性別も関係なしに仲良しムーブっていうのは、完全無欠の、なのですよ」


 確かに、それは、そうだね。

 


 





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