第4話 恋心

 私は背が高い。

 仲間の輪に混ざると頭ひとつ分が飛び抜ける。運動神経が良ければ様にもなるが見掛け倒し。ただ高いだけで腕力もない。役立つのは目印に最適な待ち合わせくらい。

「高いところに手が届くの、スゴい」

 それだけよ?

「ワイドパンツもロングスカートも似合うよね」

 確かに裾直し代はかからない。

 だけど魅惑のボディ。

「背が高いって羨ましい」

 周囲の言葉を素直に受け入れて前向きに捉えたいが少数派の劣等感はなかなか拭えない。

 そうなればどうしても猫背になる。

 演奏中も目立たぬように小さく縮こまれば、

「何か、暗いよ」

と、メンバーに叱られる。

 長年積み重ねた生き方はそう簡単には変えられない。自信だってつけられない。

 ならばせめて技術の向上を、と考えてギター教室を受講し始めた。


 ライブが近付く、とある週。立ち姿での演奏を見てもらうことになり、その時の講師の言葉に軽く衝撃を受ける。

「折角の高身長が勿体ないですね。バンドなんてボーカルばかりが目立つんだからを活かして自己主張しません? 裏方だからって遠慮してたら負けですよ」

 そういうものだろうか?

「と、オレは思います、ので、背筋を伸ばして最初から」

「…………」

「ん、どうかしました?」

 身内と同程度から見下ろされる優しげな視線に、何故か、いろいろ楽になった気がした。


 ◆ ◆ ◆


 とある昼下がり。

 駅前のカフェで持ち込んだ書物とにらめっこ。

 さすがの長時間集中に眼精疲労を感じ、イヤホンをはずして周囲との遮断を解く。氷が溶け過ぎたアイスカフェモカをカラカラ回し、ちゅーっと口にすると……。

「あはは!」

 後ろから聞き覚えのある笑い声。

 そうか、本業の勤務先がこの近くだったっけ。

 高めの背凭れに些か安堵し、思わず背中を丸めて座高を下げ、若干の後ろめたさを感じながらストローを咥えては耳をそばだてる。

「……好きな人はいるけど諦めようと目下努力中……凛としていて芯が強くて素敵な……」

 そうか。

 そんな人が居たのか。

 互いに浮いた話は避けてきたから衝撃の事実。

 苦しい恋の辛さは身をもって知っている。

 ならば自分が、と名乗ったところで、言葉の端々から伝わる想いの深さからも易々と手に入るモノではないのも明らか。

 何より、私は……受講者。

 これ以上の関係が築ける筈がない。


 ◆ ◆ ◆


「こんにちは……って、元気ないですね、何かありました?」

 有りまくりな理由が先日の一件だと話す訳にもいかず、それでも心の靄も晴れぬままでどうにも苦しくて。

「……好きな人に、好きな人がいました」

 思わず打ち明けてしまった。

 一瞬の沈黙のあと、哀しいこの想いを汲んだかのように眉を上げてふっと微笑むと、

「レッスンはやめて気晴らしに歌でも歌いますか、微力ながら伴奏しますよ」

 おもむろにマイクスタンドの準備を始める。

 きっと誰が相談してもこうして慰めるのだろう。

 告白の前に想い人の発覚という一方的な失恋ではあるが、その優しさに涙が出そうになるのを堪えて、お言葉に甘えて有りっ丈の想いをぶつけるようにラブソングを歌い続ける。

 伝わるのならば伝わって欲しい、と願いながら。


「バックコーラスを担うとは言え、凄いな、休みなくぶっ通しでしたよ。喉は大丈夫?」

 元コーラス部を舐めてもらっては困ります。

「幾らか楽になれたら良いけれど。大丈夫、すぐに素敵な人が現れますよ」

 気遣うような笑顔で呟く。


 誰もが悩む恋心。

 この恋だけは手を尽くしても叶いそうにない。

 週一回三十分(+雑談)の二人きりの時間。

 どれだけ語っても語り足りないこの時間。

 望みとは裏腹にあっという間に過ぎていく。

 せめてもう少し出逢いが何かが変わったのだろうか?

 あなたの月並みな励ましも、この心を抉るだけです。


「わわっ、気付けばこんな時間! 今日はこの後に体験受講があるので、急がせてごめんなさい!」

 慌てて片付けをしながらも彼から漏れるスロウな曲に気付く。

 鼻歌なんて珍しい。慌ててる割に行動に伴わないノンビリな曲とのギャップがまた可笑しい。

 お気に入りなのだろうか。

 何でもいい、あなたのことをもっと知りたい。

 私に残された時間はあと僅かなのだから。

 せめて、せめて、ねえ、教えて。

 それは一体だれの曲?

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