第11話 一喜一憂

「年末年始は安らぐ〜」

 あなたと私の住む街の中間地点に鎮座する地元で人気の寺社は、当然ながら新年早々から大混雑。

 そんな初詣の人混みに紛れながら呟くには余りにも似つかわしくないその言葉に、思わず吹き出してしまう。

「この時くらいしか暦通りの休日が取れないんだから、言わせてよ〜」

「いつもお疲れ様です」

「ゆっくり会えなくてごめんね」

 あなたのコートのポケットの中で繋いだ手がきゅっと強さを増す。

「代わりに自分の時間が取れるから、恋に溺れずに済んで助かってますよ?」

「んー、少しは溺れてくれないと、オレが助ける場面がなくて困りますね」

「逆に私がその立場を担うから、遠慮なく私に溺れまくってください。それはもう、ズブズブにね」

「ほぉぉ、なかなか言いますねぇ」

 ぐいっと顔を近付けて挑戦的な瞳で覗き込むあなたの態度には未だにドキドキしっ放しだけど、当初に比べればだいぶ耐性がついてきたので。

「フフン〜♪」

 ドヤ顔で覗き返してやるんです。

 こんな余裕も生まれてきたなんて。

 スゴイ進歩デスヨネ?


「オホン、ンン!」

 前に並ぶ父が態とらしく咳払いをして振り返る。

 その隣りに寄り添う母は、

「甘〜〜い♪」

 と、楽しそうに笑っている。

 何故、私の両親が居るのかって?

 毎年恒例である家族の初詣と私達の時間がダダ被りしたからでございます。

 牛の歩みの最中に、まさか参拝の列で前後するとは思わなかったが、これはさすがに親の前で甘過ぎた会話だったかな、と舌を出してちょっぴり反省。


 さて、〈何事も最後は神頼み〉の父のこだわりである神殿のど真ん中での参拝も小一時間並んだ末に無事に終え、おみくじもあなたと私で見事に大吉を引当てた―――と言うことで。

「じゃあ、後は若い者たちで楽しみますので、邪魔しないでね。特にお父さん」

「ストーキングしない様に、私達も結婚記念日以来のデートを楽しむわよ、ねぇ、お父さん」

 女子軍の猛攻撃で二重に圧を掛けておく。

 それでも夕食には帰れとのお達しは変わらないけど、こちらも丸一日デートは久し振りなので聞くか聞かないかは分かりません、悪しからず。


 さあ、参拝後の楽しみといえば、アレですよね。

「たこ焼きよりもピザ玉を買うよ!」

「大判焼はカスタード一択でお願いします!」

「「広島風お好焼きの甘いソース好き!」」

「あー、やばい、けんちゃんちのあんこ食べたい」

 甘いものが苦手なあなたの舌をも許すその口から思わず飛び出た〈けんちゃん〉とは、和菓子職人の幼馴染み。

 家業を継ぎつつ趣味の洋菓子作りで、あなたともう一人の幼馴染みの別腹を高校時代からガッチリ掴んできた、食のライバルというより最早大師匠、いや、崇め奉るべき菓子神様。ケーキのレシピをいただく予定の、あの方です。


「正月三が日に営業中ならば、寄ってみるとか?」

「幼馴染み特典が無効になるほど忙しいから、来るなって言われてる。オレらの声を聞いたら顔出したくなるんだってさ、オカンか!」

「ふふふ」

 皆さん地元民なせいか、別の道を歩んでも幾つになっても繋がり続けるあなたの大切な仲間。

 そういうのは、頼もしくてありがたい存在だね。

「まぁ、あっちは後日ゆっくり行くとして、カホはあと何を買いたい?」

 あなたからの問いに、参詣前にチェック済みの肉食女子は牛&ベーコン串、アメリカンドッグを追加購入してあなたの自宅へ向かうべく車に乗り込む。


 我が家は先刻の守りの鉄壁(=妖怪ぬりかべ)がで行く手を阻み、折角の露天飯もあなたと味わう状況にはないので、あなたが連日ゆっくり出来る年始休みの本日、ご自宅にまたまた上がらせていただく事になりました。


 実に久し振りの訪問です。


 ◆ ◆ ◆


「「ふぅ、お腹イッパイ!」」

 味付けが濃いからなのか、少量とはいえ多種類を買い込みすぎたのか、実際に甘いと塩っぱいのスパイラルはあっという間に食欲を満たしていく。

「飲み物、どれがいい?」

「ありがとう、ではコーヒーで」

「ミルク多めね、砂糖は?」

「食後だから無しで。これは全部燃えるゴミ?」

「うん、一つに纏めておいて。ありがとうね」

 いえいえ、お邪魔している身ですから……云々。


 さて、湯が沸くまで時間が有りそうなのでちらっと辺りを見回してみる。レッスンでよく使ってたギターは今日もここに有る。

「久し振りに運指見ますか、やってみて?」

 ぎくーーん。

「いやぁ、正月からご近所迷惑になるのは、ねぇ」

「閉め切れば音漏れなど気にならないくらいの密閉性は確保済みだし、何なら奥の防音室を使えばいいんだよ。それとも、見せられない理由があるのかな?」

 ゔゔゔ……痛いところを突いてくる。

 さすがに逃げ切れず半泣きを隠しながらアンプに繋ぎ、音量を絞って拝借したギターを爪弾くけど。

「ええぇぇ……ちょっと待って?」

「あはは、の、はぁ……なんちゃって」

 ここは笑って胡麻化そう。

「そんなんで、バレンタインライブは大丈夫?」

 心配そうに眉をひそめて軽音サークルの行事も把握済みの厳しいお言葉が飛び、しおしおと悄気げながら続ける私にあの頃のレッスン風景が再現されていく。


 いや、全然違う。あの頃より笑顔がコワい。

 特に目が……冷ややかで寒い!

 付き合い始めて約十ヶ月。

 優しいばかりでは決してない、あなたのそのにこやかな笑顔の下の静かな怒りがどれだけ凍えそうなものなのかを漸く知った私。

 部屋の温度が下がってますよ、湯はまだですか!

 シュワシュワシュワ、ピーーッ!

 やかんで沸き上がった音がリビング中に鳴り響き、懐かしコワい時間は小休止。

 ありがとう、お湯!


「全くもう」

 呆れながらあなたがお茶を淹れる間、チャカチャカとギターを軽く掻き鳴らしながらリビング内をふらつく。

「はい、コーヒー入ったよ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ややお怒り気味の視線をかい潜りギターをラックに片付けてソファに座ろうとすると、

「足元、お気を付けくださいね」

 いつかの足指強打事件を持ち出されてしまう。

「分かってますよーだ!」

 あはは! と笑いながらテーブルにマグカップを運ぶあなたが淹れてくれたミルクコーヒーは、相変わらず美味しいし優しいね。


「あと、これを渡しておく」

 珍しく、私の隣ではなくテーブルの角を挟んだ斜め隣に正座すると、カチャっとプラチナゴールド色のプレートが付いたキーホルダーをぶら下げておもむろに手渡してきたあなた。

 突然の行動に何事かと思いながら受け取って改めて凝視するが、これって確かあなたがずっと使っていた物では―――って、あれ?

 何か、先に付いてる。

 いや、先に付いてるのがキーホルダーで。

 その元に有るのは、もしかして……。


「これから日暮れも早くなるし、寒くなるし……というか、オレが繁忙期に入って今まで通りにお惣菜を受け取りに抜け出せなくなるから……その、作ってくれた時は部屋に入って置いていけ、という脅迫みたいな……そういうヤツ、です」

 マグカップを口元に添えながら途切れがちに話すかと思えば、今度は一気に語り出す。

「だ、だからといって、無理に作らなくていいんだよ。何なら息抜きにゲームをしに来てもいいし、ガッツリ勉強しててもいいし……まぁ、この部屋は好きに使って良いんで、どうぞお納めください」

「あ……りがとう、ございます……くふふ!」

 思わず顔が綻んでしまった。

「むぅ……何が可笑しいのかな、カホさん?」

「別に〜、何でもないですよ〜、うふふ〜ん♪」


 そうか、そうか。そうなんだね。

 うふふ、そりゃ、笑いも出ますよ。

 その態度が素なのかどうかなんてこの際どうでもいい。これを渡された事実が全てだと信じてるし。

 ゆっくりだっていいじゃない。

 少しずつ動いてるならば、ね、私。


「ギターの続きやる? それともひと狩りしに行く?」

「是非とも狩りに行きましょう!」

「メンタル弱〜っ! しっかり練習しなさいよ」

「はいはい、分かってます〜♪」

「絶対やらない返事だね、それ」

「ふふ〜ん♪」


 あなたは、立ち上がりながら私の頭をくしゃくしゃっと撫で回してゲームの準備をする。

 私は、抗議の意を表しながら手のひらに収まる合鍵を見つめて自分のキーケースに繋ぎ、家鍵と重なってカチャっと鳴る新たな仲間に心の中でこっそり囁く。

(はじめまして、よろしくね)

 ―――ってね。


 ◆ ◆ ◆


 あぁ……しっかりと笑われてしまった。

 自然に渡すにはどうしたもんかと散々頭を悩ませての、この仕打ち。

 しかもどもるとか、何をテンパってんだよ。


 そもそも、クリスマス明けのあの日には既に手渡してる筈が、共に過ごす時間に溺れるうちにお父さんが帰ってきちゃって完全に機会を失うし。

 メンタル弱々なのはどっちだよ、もう。


 きみの為の些細な行動にさえ、一喜一憂の日々。

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