第12話 バレばれ!バレンタインデー

 二月十四日は甘く切ない想いを伝える特別な日。

 だからなのか、春期休業突入に合わせて音楽系サークルの女子のみでライブを行うのが我が大学の恒例行事だそうで――時代に逆行してる気がする――この日はあっちで裏方に駆り出されてはこっちで出演するという、なかなかにハードな一日を過ごした。

 年度末の試験勉強に各講義のレポートをこなしては運指の抜き打ちテストで指摘された点を総ざらいし、あなたからのOKを貰うのにもギリギリ間に合ったという、こちらもハードな日々を過ごして迎えたこの日なので正直満身創痍である。


「お疲れ様、藍田、棚橋」

 同じガールズバンドのメンバーであるタナちゃんと演奏を終えて控え場所に戻ると、アイサカくんが労いにやって来た。

 彼は、同級女子の間で何かと気遣いの出来る〈気配り王子〉との異名がついていることをまだ知らない。

「カッコ良かったよ、魅入っちゃったわ、俺」

「シュン太郎、来てたんだ〜、アザッス」

「棚橋、他人ひとの名を弄ぶなって言ってるだろ」

「減るもんじゃなし、気にしないの、シュン助」

「藍田、コイツ小突いても良いよね?」

「シュンの丞、ダジャレと暴力反対〜!」

「シめる、絶対シめる!」

 あはは、タナちゃん、それはやり過ぎだね。

 最近、この二人は仲が良い。

 というより漫才に近いけれど、自分の周囲の仲が良くなることはいい事だ。

 以前、密かにタナちゃんに聞いてみたけどそういうのではないらしく、ちょっと残念だなと思ったりするのは私の我儘かな。


「二人はこの後、片付けたら終わり?」

 アイサカくんが尋ねるので、それに答える。

「機材の撤去はサークルの男性陣がしてくれるからもう終わりなんたけど、その後に打ち上げが有るらしくて。でも、タナちゃんはバイトで帰っちゃうから実は私も便乗しようかな、と。さすがに、ちょっと疲れた……」

「彼氏先生のガチレッスンからのコレではキツイよね。強制ではないらしいから大丈夫だよ、先輩に言ってこようよ、カホ」

「彼氏さん、ギターの先生なの?」

「それがキッカケで今が有りまして……おっと、仲良し先輩を発見したから行ってきます」

「シュンシュン、観てくれてサンキューね」

「正しく呼べ! ……って聞いてないし、観に来たのは棚橋おまえじゃないし、無駄にのろけ話聞かされるし。はぁ、なかなか崩せないなぁ、藍田」


 ◆ ◆ ◆


「―――という訳で、万事滞りなく無事にライブを納めることが出来ました。ご指導、ありがとうございました」

「いや、お礼など無用です。指導が厳しくて、その日の夕食を摂り忘れる程の疲労、からの爆睡コースに導いてしまった。逆に申し訳ない限りです……」

 互いに正座で向き合ってうやうやしく言葉を繋げる。

 これは、本業が定休日で副業も夜のみのバレンタインデー翌日、講義の帰りにあなたの自宅に寄って例のブツを渡した際の第一声である。

 ……ぷぷぷ。

 神妙な空気に耐えようとするも、互いに吹き出すまでこらえる数秒の何と楽しい事か。

 この感情って恋に溺れた末路だったりします?


「はい、ハッピーバレンタイン」

 一日遅れの本題に入る。あなたはお口の中でとろける甘々チョコレートは苦手なので。

「チーズ味のクッキーをメインに作ってみました、どうぞご賞味ください」

「カホが作るチョコなら甘くても絶対食べるよ。ありがとう」

 本当かなぁ、とその疑いを無視して先を進める。

「いえいえ、いつかのこの日に味わった塩気のあるクッキーが特にお気に入りのようでしたので、僭越ながら踏襲させていただいた次第です、はい」

「あー、うん……あれ、ね?」


 ちょっぴり棘の有る言動に若干引いたかな。

 でも、ごめんね。

 どうしてもあの日を思い返してしまうのです。

 余所よそ様の想いを食べさせるなんて酷い仕打ちをするもんだな、とね。


「やっぱり誤解してたか。あれは違うんだよ……」

 ここにきて、あの品々が意図せずいただいた品と交換した、幼馴染み特製のチョコレートだという真実が語られる。

「こっそり逆バレンタインしました、なんてあの頃は言えないじゃない? だから、何とか一緒に食べるていで、あんな手を使ったんです」

 ごめん、などとボソッと呟かれたら何故かきゅ〜ん、てなって許しちゃうじゃな―――。


「あれ、ちょっと待って。今、何と申しました?」

「んんんー、引っ掛かるようなことは何も?」

 いやいや、引っ掛かりまくりな一言が有ったのを逃してはいませんし、改めてその確認をしたいのであなたの口から再度お聞かせ願いたい。

「……お茶のおかわり淹れてくる」

 逃げた!

 ならばお手伝いする、と追いかける。

 観念したあなたは、やかんに水を貯めてIHのスイッチをピッと入れるとさっきと同じようにモソモソと語りだす。

「……一月に、年度末で退会するって聞いて漸く気付いて。でも、どうする事も出来ないから事あるごとに何かと仕向けて、あの手この手を使って二人の時間を共有したがってたんです。はい以上、もう終わり、二度と話さない!」

 一気に話して強制終了。


 最近、気付いたことがある。

 いつも堂々としていてしっかり目を見て話すあなたにチョロい私は誠実さを感じていて、それは紛れもなく真実で。

 でも、今みたいに急に視線を外したり自信なさげに呟く事が増えてきて、そういう時は何かしらイベント発生中の時で。

 つまり、照れ臭くなるとそうなるってことで。

 これ、合ってるかな?

 だとしたら言ってやりたいことがある。

 言っていい?

「……かわいい」

 ヤバい、出ちゃった!

「……」

 うわ、凄い顔で睨んでる!

 からの苦悶の表情に変わったかと思えば。

「……、……、くぅ……!」

 シンクに突っ伏してうんうん唸ってる。


 そうか、私達はあの頃から両片想いだったのか。

 何とも感慨深いなぁ。

 そうだ、私もあの日に決意のチョコを持参したことを伝えないと、あなたはずっとこの状態を引き摺りそうだね。

 でも、お茶のおかわりが来てからでもいいか。

 余裕綽々の完璧ダーリン姿ばかり披露されて打ちのめされてるから、たまには立場逆転っていうのも悪くないし。ついでに頭も撫でておこう、うふ。

 あー、私って結構意地悪だね、ごめんね。


 ◆ ◆ ◆


 とうとうバラしてしまった。

 これはマズイ流れなのではと思う反面、こうして少しずつ弱い部分を暴けるようになっている事に安堵しているオレがいる。

 限界が近いのかも知れない。

 こんな外面そとづらだけの臆病者だと知っても、果たしてきみは変わらず、これまで通りオレの隣に居てくれるのだろうか。

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