第39話 頑張れアタシ

 俺はシュトルーデル夫妻の屋敷に招かれ、エクレアと両親二人とともに飛び切り豪華なディナーをとっていた。


「いやあ! めでたいめでたい! 娘がこんな優秀な男を捕まえてきたとは!」

「これで当家も安泰ですわね!」

「ちょっと、そんな言い方やめて!」



 両親に決闘で勝利した後は、シュトルーデルの名は捨て、両親とは絶縁するつもりだったエクレアだが、話はだいぶ違う方に転んでしまった。


「パラッシュ君、うちの娘をよろしく頼むよ! ――そうだ、今日はうちに泊まって行きなさい」

「それは名案ですわね! いいこと、エクレア? これから十年、毎年彼の子供を産みなさい。そうすれば、あなたは当家でもっとも功績を残した女となるのですよ?」

「もう! いくらなんでもデリカシーがなさすぎるわ!」



 この二人には俺も思うところがある。

 こいつらのせいで、悲惨な目に遭った者達が少なからずいるのだ。

 しかし、せっかくエクレアと両親の関係が良い方向に向かっているのを、俺のせいで台無しにする訳にはいかない。愛想笑いをひたすら浮かべる。



「しかし、二人の愛の合成魔法は見事だった。娘の<獄炎メギナード>をあそこまで強化してしまうとは。私達の絆よりも強いんではないかね、なあスフレ?」

「おほほほ、本当妬けてしまうほどですわ。これなら今晩にも子を宿せるかもしれませんわね」

「……いや、単純にエクレアの魔力が高いんですよ。こいつは最近メキメキ成長してるんです。火炎魔法なら、誰にも負けないかもしれません」

「そうよ! アタシ、出来損ないなんかじゃないんだからね!」


「おお! もしかしたら、君が娘の殻を打ち破ってくれたのかもな。――では、エクレア。お前はパラッシュ、いやレイ君のギルドに入りなさい」

「素晴らしい案ですわ。彼に能力を伸ばしてもらいながら、子供も作れる。完璧ですわね」

「本当、いい加減にして! でもレイのギルドには入るわよ。――いいのよね、レイ?」

「ああ、大歓迎だ」



 夕食後、俺は本当にシュトルーデル家に泊まらせられ、キングサイズのベッドに横になっていた。


「貴族の家は凄いな……キングサイズが一人用なのか……」


 ドアが控えめにノックされた。


「――どうぞ?」


 ドアがゆっくりと静かに開けられ、大胆なランジェリーをまとったエクレアが姿を見せた。


「エクレア……どうした?」

「――レイ、ごめんね……パパとママが一緒に寝ろってうるさいの……」


 エクレアは部屋の中に入り、俺のベッドに腰掛けた。


「親が寝た頃、自分の部屋に戻るといい」

「無理。カギかけられちゃったわ」


「お前の親、凄いな……」



 娘を男の部屋に送り込む親がどこにいるのか。

 ついさっきまでは生殖機能を奪おうとしていたのに、今は妊娠させようとしているのだ。あの二人は完全にイカれている。


「大丈夫よ、アタシは何もしないから。……ねえ、隣に入っていい?」

「……ああ」


 駄目と言ったところで、あの両親の事だ。次の手を仕掛けてくるだろう。だったら素直に従っておいた方が良い。


 エクレアが俺の隣に入って来る。石鹸のいい香りが漂ってきた。

 チラリと彼女を見ると、目が潤んでいる。やはりマズいか……?


「――エクレア、俺は初級レベルだが、ピッキングの技術も持っている。後で部屋のカギを開けてやるよ」

「え? う、うん。……お願い」



 しばらく沈黙が続く。


「ダメ、ダメ……素直になれアタシ……勇気を出せ……」


 ボソボソとエクレアが喋り出した。


「――エクレア?」

「あのね、レイ……嘘なの……」


「何がだ……?」

「あ、あのね……パパとママには何も言われてないの……」


 エクレアの顔は真っ赤だ。


「エクレア……」

「もし、レイとまた会える事があったら、伝えようと思ってた言葉があるの……でも中々言えなくって……アタシ、頑張って言うね?」


 エクレアは俺の手を握ってきた。その手には汗がにじんでいる。



「レイ、好きよ……愛してるわ……」


 顔を真っ赤にさせながら、涙を流している。ひねくれた性格の彼女だ。

 これだけまっすぐな言葉を伝えるには、相当な覚悟が必要だっただろう。



――俺は、その気持ちを正面から受け止めた。



     *     *     *



 ゲラシウスはウッキウキで一枚の手紙を開封した。

 差出人はサントノーレ・シュトルーデル。エクレアの父だ。


「さてさて、あの小娘はどうなったかな……? さぞかし嘆いてる事だろうよ」


 レイにその事を伝えてやらねば。奴の表情で、ワイン三本はいけるだろう。


「なになに……」



 拝啓、ゲラシウス・ゴルドーニ殿。


 貴殿に伝えたい事があるので、手紙を送らせてもらう。

 これまで、貴殿の父に敬意を示す為、【高潔なる導き手】を宮廷魔術師認定ギルドとしてきた。しかし、私はもう十分過ぎるほどに敬意を払えたと思う。


 よって、今後は【クッキー・マジシャンズ】を宮廷魔術師認定ギルドと改める事にした。

 これにより、貴殿のギルドはランクが下がってしまうだろうが、卓越した手腕も持つ貴殿の事だ。すぐに挽回できると信じている。


 追伸。

 エクレアとレイ君の式日が決まったら連絡する。ぜひとも出席してもらいたい。



「ふっざけるなああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ゲラシウスは手紙をビリビリに破き、窓から外にばらまいた。



 コンコン。ドアがノックされる。


「入れええええええええええええええええええええ!!」

「ひぃっ……し、失礼します……」


 グスターボとマルヤンが入って来た。


「何の用だあああああああああああああああ!?」

「えっと、あの、マルヤンのマジックポーションについてなのですが……」


「さっさと言ええええええええええええええええ!」


 ゲラシウスはよだれを垂らしながら、鬼の形相でグスターボを睨みつける。


「は、はひぃっ! マルヤンのマジックポーションのおかげで、依頼成功率、利益ともに上昇しています。しかし、体調不良を訴えるメンバーも増えてきました。どうしますか?」

「私だって頭と胃が痛いんだああああああああああ! それくらい我慢させろおおおおおおおおお! あと、マルヤン! 貴様は今日からエースだああああああああああ!」



「でぶぅ!?」

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