第38話 帰宅

 執務室のドアがノックされる。


「入りなさい」

「――失礼します」


 秘書が入って来た。


「依頼した魔術師、レイ・パラッシュがお嬢様を無事連れ帰ってきました」

「おお、やってくれたか! では迎えに行くとしよう! スフレも呼んでおいてくれ」


「かしこまりました」



 レイ・パラッシュ、使える魔術師だ。名前を覚えておこう。

 彼は娘を見つけただけでなく、ハウンドドッグ傭兵団の凶行を阻止してくれてもいるのだ。

 あのまま村人を皆殺しにされていたら、シュトルーデル家はどうなっていたか……。


「うむうむ。村には使者と多額の見舞金を送っておいたし、これで一件落着だ」


 サントノーレは最上級のローブを羽織ると、妻のスフレと合流し、一階大広間で娘の到着を待った。




「エクレアお嬢様、ご到着です」


 使用人が玄関の扉を開ける。

 エクレアとレイ・パラッシュがこちらに歩み寄って来た。


「よくやってくれた、レイ・パラッシュ殿。ハウンドドッグ傭兵団を阻止してくれた礼として、特別ボーナスを差し上げよう。何がよろしいかな?」



 レイ・パラッシュは、強い眼差しをサントノーレに向ける。



「――では、シュトルーデル卿とスフレ夫人に、決闘を申し込ませていただきたいのですが?」




 周りは見渡す限り、人っ子一人いない平原。木一本すら生えていない。

 そこにシュトルーデル夫妻とレイ・パラッシュ、エクレア。見届け人の秘書と執事だけがいた。


「もう一度条件を確認しよう。君たちが勝てばエクレアを自由に、私達が勝てばギルドの所有権をいただく。それで良いかね?」

「はい。なおルールは、降参ありのデスマッチとさせていただきます」



 サントノーレはあきれ果てていた。

 我々に勝てる魔術師など、この世にはいないのだ。

 出来損ないの娘のために命を差し出してしまうとは……もっと賢く使える男だと思っていたが、買いかぶり過ぎていたようだ。


「君の事は認めていたんだがね、実に残念だよ。私達の魔法を食らえば一瞬で消し炭だ。降参による決着はないと思ってくれ」

「かしこまりました」


 レイ・パラッシュのギルドは、最近相当な利益を出しているらしい。

 依頼料と、村への見舞金以上の金を生み出してくれるはずだ。さっさと殺して奪ってしまおう。


「――スフレ。本気を出す。それがエクレアに対しての弔いになる」

「わかりましたわ」


 スフレの手を握る。

 この瞬間、我等の勝利は確定した。

 一人でも最強なのに、その力が合わさってしまったのだ。


「開始の合図を――」

「――はっ!」



 執事が一歩前に出る。




「それでは……始め!」


 執事が手を挙げた瞬間、詠唱をおこなう。


「<極小核爆発アマルグバルグ>」「<極小核爆発アマルグバルグ>」


極小核爆発アマルグバルグ>は、三属性全ての上級攻撃魔法を習得した者だけが使える、最強の攻撃魔法だ。

 その破壊力は凄まじく、数百人の兵士を吹き飛ばす事ができる。

 しかもそれを合成した事により、小さな街なら一撃で壊滅させるほどの威力となった。


――カッ!!

 ズッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!



 草原に小さなキノコ雲が浮かび上がる。


 とんでもない量の土砂が巻き上がり、バラバラと降り注いできた。おかげで、周囲は何も見えない。



「……さあ、スフレ帰ろう」


 サントノーレは身をひるがえした。

 馬鹿な娘だ。子供も産めず、外にも出られなくとも、読書はできるし、豪華な食事だって出てくる。それがどれだけ恵まれた事なのかを、理解できなかったのだろう。


「――お待ちになって、あなた!」

「ん?」


 サントノーレは後ろを振り向く。



「何だと……!?」


 砂煙の中から、手をつないだレイ・パラッシュとエクレアが姿を現した。



「――俺の<魔力の盾イレイン>がこの程度で破れると思うなよ……! エクレア、いくぞ! <魔力付与リヒテミ>」

「パパ! ママ! アタシの力を見て! <獄炎メギナード>!」


「何の! <魔力の盾イレイン>」「無駄ですわ! <魔力の盾イレイン>」


極小核爆発アマルグバルグ>を唱えた事により、かなりMPを消費しているが、合成した<魔力の盾イレイン>は非常に強固だ。

獄炎メギナード>一発に破られる事など絶対にない。


「はははは! 私達の絆なら、単体で使用した時よりも三倍の強度を誇る!」

「おほほほ! あなた達ごときが、この愛の力を破れまして!?」


 二人を地獄の炎が包む。

 だが、魔力の膜が完全に炎を遮断しているので、いたって快適だ。


「さてさて、炎が消えたら反撃といこうか!」

「ではこちらも<獄炎メギナード>でいきましょうか、あなた!」


 二人は炎が消えるのを待つ。

 他の魔術師よりは持続時間は長いようだ。腐ってもシュトルーデル家という事だろう。


「ははは、中々やるじゃないか」

「おほほ、見直しましたわ」



 炎はまだ消えない。


――さすがに長すぎる。

 もしかしたら自分の<獄炎メギナード>よりも上なのではないかと、サントノーレは思い始めた。



「……スフレ、残りMPは?」

「43ですわ……」


 自分は51だ。まずい、このままだと<魔力の盾イレイン>が破壊される。

 だが、そうなる前に炎が消えるはずだ……!



「41、32、24……」


 どんどんMPが削られていくが、炎はまったく弱まらない。



「16……8……こ、降参だああああ!」

「ひいいいいいいい!」


 炎がぱっと消えた。



「しょ、勝者、エクレアお嬢様と、パラッシュ殿……でございます……」

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