第29話 策謀渦巻く武術大会

 ゲラシウスとグスターボはチーズをつまみにしながら、極上のワインを飲んでいた。


「わははは! 何でもっと早く思いつかなんだか!」

「それは、ギルド長の素晴らしいお人柄のせいでしょう! キキキキキ!」


「さすがはグスターボ! 私の事をよく分かっている! そう、私の唯一の欠点は優しすぎることなのだ! わはははは!」


【高潔なる導き手】がここまで追い詰められてしまったのは、すべてレイと奴の妹のせいなのだ。

 だったら、奴等をどうにかしてしまえばいい。



 グスターボの計画はこうだ。

 まず凄腕のアサシンを雇い、レイが出場する武術大会に参加させる。


 武術大会は、封魔の腕輪を嵌めて戦うので、奴は<魔力の盾イレイン>を使えない。

 あとは事故に見せかけ、堂々と殺すだけだ。

 武術大会は相手を殺してしまうと失格にはなるが、罪には問われない。

 つまり合法的に殺人を犯すことができるのだ。


 しかも、グスターボは保険のプランまで用意してくれている。

 奴の妹をこちらに引き込むのだ。

 結局のところ、奴等はどちらかが欠けてしまえば大した事はない。

 仮にレイの暗殺に失敗したとしても、妹を失えば奴は終わりという訳だ。


 この計画にはディリオンを超える女たらし、ミカエルを使う。

 奴に落とせない女はいないと言われているので、成功は間違いないだろう。


 この二つの計画を同時に実行する事で、片方が失敗してもレイの失墜は確実という万全の体勢を築く。まさに完璧な作戦だ。



「これで奴等も終わりだな!」


 ゲラシウスは上機嫌に二本目のボトルを開けた。



     *     *     *



「ボンゴからは、一回戦だけ勝てばいいと言われたが……」


 一回勝つだけでも、宣伝の効果は十二分にあるらしい。

 勝者が使った武器を提供した鍛冶屋は、売上が二倍ほどまで増加するそうだ。


「まさか、よりによって優勝候補と当たるとはな……」


 俺は目の前に立つ屈強な男を見る。



 ブロック・イスフェルト。スカンラーラ王国屈指の猛将だ。

 その武勇は戦争には直接関与しない俺ですら、よく聞き及んでいる。


 彼は将軍という身でありながら、常に先頭に立って戦い、数々の戦を勝利に導いてきた真の強者だ。

 それを証明するかのように、鍛え抜かれた巨大な体には無数の傷跡がある。

 両手に抱えたウォーハンマーは、チーより重いのではないのかと思えるほど大きい。


「あんなものを振り回して、どうやって相手を殺さないようにするのだ……」


 俺はアリス達がいる観客席をチラリと見る。

 ノエミとチーは笑顔で手を振っているが、ボンゴは顔を手で覆っている。

 その反応は極めて正しい。ノエミとチーが能天気すぎるのだ。



『――東方ひがしかた、スカンラーラ王国将軍、ブロック・イスフェルト! この方については、もはや説明は不要と思われるので、省略させていただきます!』


 観客席から大きな歓声が巻き起こる。

 戦場でしかお目にかかれないはずの英雄が、目の前にいるのだ。興奮するのは当然である。

 正直俺も少しテンションが上がっている。



西方にしかた、銅級魔術師ギルド【クッキー・マジシャンズ】副ギルド長、レイ・パラッシュ! 剣術大会に魔術師が参加したのは初めての事です! 一体どのような戦いを見せてくれるのか楽しみです!』


 会場から笑い声と、同情の声が半々くらいで聞こえてくる。


「まあ、そうだろうな……」


 俺はボンゴが打った魔法の長剣、三位一体さんみいったいの剣を抜く。三つのルーンが鈍く光った。



『それでは一回戦第三試合……始め!』



     *     *     *



 ブロック・イスフェルトは、これまでに七回武術大会に出場し、四回優勝している。

 三回優勝を逃しているのは、誤って相手を殺してしまったからだ。

 つまり彼は、一度も敗北はしていない。


 ブロックは目の前にいる相手を見る。

 魔術師だと? どう見ても、技量系の軽戦士だ。構えからして、二刀流の使い手だろう。

 なのに、一本の剣しか持っていないのは何故なのか。



「この俺を相手に、まさか手加減するとでもいうのか……! ふっ、おもしろい!」


 武術大会では、戦場では相まみえないタイプの強者と出会う事がある。

 常に強敵を求め続けるブロックは、それを毎年楽しみにしているのだ。


「俺を目の前にしても冷静さを保ち、応援に来た仲間に軽く手を挙げる余裕がある。間違いなく強者。全力でいかせてもらおう……!」


 恐らく殺してしまうだろう。

 強者相手に手を抜く事はできない。過去三回殺してしまった者達も皆そうだった。



『それでは一回戦第三試合……始め!』


 ブロックはウォーハンマーを全力で振り上げる。

 これは彼の奥義、<山崩し>の構えだ。

 彼の強靭な膂力で振り下ろす巨大なウォーハンマーの一撃は、文字通り山をも崩す。





「――え?」



 長剣の切っ先がブロックの喉に突き付けられていた。

 何が起きているのか理解できない。

 確か今、ウォーハンマーを振り上げたばかりなのだが。

 一体これは何が起きているのだろう?


 ブロックはポカンとしながら、目の前の男を見る。

 男は長剣を突き付けたまま、ピクリとも動かない。


 耳を研ぎ澄ます。周りからは何も聞こえてこない。


――そうか、時が止められているのだ。だが、一体だれが?



「――将軍閣下、一本です」


 目の前の男が話し掛けて来た。どうやら時は止まっていなかったようだ。

 しかし、何を言われているのかよく分からない。



「――閣下? 降参の合図を」



 やっと理解できた。俺は負けたのだ。それも一瞬で。



「ま、参った……」


 ブロックは地面にウォーハンマーを落とす。

 静寂に包まれた会場に、ガシャンッ! という音が鳴り響く。



 男は剣を鞘に戻し、控室に向かって歩いていく。

 会場はまだ誰も声をあげない。




――男が通路の奥に消えた。



「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「すげえええええええええええええ!!」

「何だアイツ!?」


 会場は一気に熱気に包まれる。



『え、えーと……だ、第三試合はレイ・パラッシュ選手の勝利です……』


 ブロックはようやく自分が敗北した事を実感し、その場に膝から崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る