第28話 浮気者に鉄槌を
ゲラシウスはグスターボの報告を聞き、よだれを垂らしながら怒り狂っていた。
「おのれえええ! おのれえええ! あの裏切者どもめえええ! 私の恩を忘れおってえええ!」
マジックポーションの自給率がゼロとなってしまった【高潔なる導き手】は、他のギルドで製造した物を買うしかなくなった。
しかし、他のギルドもそれだけの量を供給するほどの生産量はない。
通常の20倍の生産量を誇る、【クッキー・マジシャンズ】製のマジックポーションを購入するしかなかった。
それだけでもかなりの屈辱なのだが、レイは一つ条件をつけてきた。それがゲラシウスの怒りに、さらに油を注いでいる。
「エクレアとボグダンをエースにしろだとおおおおお!?」
二人とも自分の命に背き、ディリオンの事を告げ口した裏切者だ。そんな奴等をエースにするなどありえない。
「――そ、それと二人の停職処分も取り消せという事です……」
「ふざけるなああああああああああ!」
ゲラシウスは執務机を蹴り倒した。
インクのビンが倒れ、赤い絨毯を汚す。
「わ、私も大変遺憾に思っております……し、しかし、マジックポーションが無ければ、依頼を受ける事ができませんので……」
「おのれ! おのれ! おのれええええええ!」
ゲラシウスはダンダンと足を床に叩きつけた。
グスターボがどのように説得したのかは知らないが、結局それから三時間後、ギルド長室にエクレアとボグダンが呼ばれる事になった。
* * *
「レイ、これをみんなに配ってほしいなの!」
俺は指輪を四つ手渡された。
「――何だこれは?」
「【クッキー・マジシャンズ】の証なのよ! でもただの指輪じゃないなの! <MP回復速度上昇>の付呪がしてある、すげー指輪なのよー!」
指輪をよく見ると、確かに小さなルーン文字が刻まれている。
魔力を込めながらこんな細かく彫れるとは、さすがはチーである。
「それは凄いな。【高潔なる導き手】にいた時に、こんな物作ってたか?」
「ううん、でも本当は作りたかったなのよ? だけど、マジックポーションを作るだけで精一杯だったなの」
チーの能力をもっと上手く活かしてやれば、【高潔なる導き手】は白金級に返り咲けたかもしれない。本当にゲラシウスは、人を使うのが下手な男だ。
「感謝するぞチー。アリスがお前の指輪を欲しがっていたのに、結局買ってなかったからな」
「あはは、それもあって作ったなのよ?」
俺は再びチーに礼を言い、アリスの元に向かった。
彼女は執務机に座り、書類にサインをしている。
この書類はすべて、マジックポーションの販売契約に関するものだ。内容はチェックしてあるので、あとはサインするだけでいい。
「アリス、手を出してくれ」
俺はアリスの右手を取り、薬指に指輪を嵌めてやる。
彼女はそれをじっと見ている。
「チーがお前の為に作ってくれたものだから、大切にしてくれ」
指輪を見続けているアリスを後にし、ノエミの元に向かう。
「――じゃあ、配達に行って来るね」
「あ、待ってくれノエミ!」
「どうしたの?」
ノエミはマジックポーションが入った木箱を下ろす。
「お前に渡したい物がある」
俺はノエミに指輪を手渡す。
「……え、これって……嬉しい……!」
ノエミは涙を流し、俺に抱き着いてきた。
「ま、待て、ノエミ! お前は多分誤解し――」
ゆぼんっ!
「うぐっ――」
誰かに右脇腹を殴られた。俺は右を見る。
「――アリス!? お前、俺を殴ったのか!?」
アリスは俺の目をじっと見ている。
無表情だが、何となく分かる。これは物凄く睨まれている。
「え、レイ君……アリスちゃんにも同じ物あげてる……信じらんない!」
ボコォッ!
「うぐっ――」
ノエミに左脇腹を殴られた。
「待て待て! 誤解だお前達!」
俺は急いでチーを呼びに行き、二人に事情を説明してもらった。
「――ボンゴ、ギルドメンバーの証の指輪だ」
「おお! チーの奴、中々しゃれた事するのお!」
ボンゴは一階の鍛冶場で、長剣にルーン文字を刻んでいた。
三つの単語が彫られており、それぞれ赤、青、黄に鈍く光っている。
「あんたも付呪ができたんだな……」
「そうとも! これがワシの本職じゃ! ルーン鍛冶師というやつじゃな!」
【高潔なる導き手】にいた頃は、ボンゴが鍛冶をしていたところなど一度も見ていない。理由はチーと同じだろう。
「付呪した武具を売ろうという訳か?」
「その通りじゃ。レッサードラゴンの襲撃で、ラペルト卿は軍備を増強したいと考えているはずじゃ。需要は間違いなくある」
ボンゴの考えは正しいだろう。
もし、氷の矢と炎を防ぐ鎧があれば、弓兵だけでもレッサードラゴンを撃退できたかもしれない。
三属性の力を持った武具を揃えておきたいと、当然思うはずだ。
「いい考えだな。しかし、失礼な言い方ですまないが、ルーン鍛冶師としてのあんたは無名だ。伯爵が買い付けてくれる事はない」
錬金術師としては、ボンゴとチーは有名だ。
この街に彼等二人に並ぶ者はいない、とすら言われている。
だが、ルーン鍛冶師としての実績はゼロだ。
「うむ、そこでワシに考えがある。宣伝をおこなうのじゃ」
「宣伝……嫌な予感がしてきたな」
「今度ペレンモヘンの街で武術大会がある。そこで、この剣の凄さを見せつけるのじゃ!」
ボンゴは長剣を掲げた。
俺も剣についての知識はあるから、見ただけで分かる。かなりの業物だ。
ボンゴは純粋に、鍛冶師としても優秀らしい。
「俺が出場しろという事か? 何故、俺が剣を使えると思った? 魔術師だぞ俺は」
「鍛冶師は剣だけでなく、それを扱う者を見抜く眼も持っておる。身のこなしで分かるぞ。お主は中々の剣士じゃ。……隠しておきたい理由があるのか?」
「隠すつもりはないんだが、剣を持つと嫌な思い出が蘇ってしまうんだ。できれば、使いたくない……」
「そうか……では無理強いはすまい。――しかし、レイよ。白金級1位を目指すなら、これは避けて通れん道じゃぞ?」
ボンゴはニヤリと笑い、俺に剣を渡そうとする。
「……確かに、その通りだな」
俺はボンゴの長剣を受け取り、美しく輝く刀身をじっくりと眺めた。
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