第六章 過去を乗り越える
第27話 飲んだくれジジイと年増幼女
「アリス……片面しか焼けてないぞ……」
出された鹿肉のステーキを裏返すと、完全に生だった。これでは食中毒になる。
「アリスちゃん、もう一回焼き直そうね。ちゃんとお肉をひっくり返さないと駄目だよ?」
ノエミに連れられ、アリスはフライパンに鹿肉を乗せる。
最近アリスは、料理をしたがるようになった。
どうも、ノエミとエクレアがケンカした日から、そんな感じになってしまったらしい。
ノエミ曰く、「他の女と張り合おうとする心が芽生えちゃったのかも」だそうだ。まったく余計な事をしてくれたものである。
焼き直したステーキが出てくる。今度は焼きすぎて肉がパッサパサだ。
アリスはじっと俺を見てくる。
「――まあ食えなくはないよ。ありがとうな、アリス」
嘘はつけない。アリスの成長を阻害してしまう恐れがあるからだ。
期待していた答えと違っていた為か、アリスがうつむいてしまう。
がっかりしているのだろうか? だとすれば、彼女が初めて見せた感情である。
「――アリス、最初は誰でも下手なんだ。少しずつ上手くなっていけばいい。頑張ったご褒美に何か買ってやろう。何がいい?」
毎回このように一応聞きはするが、じっと見てくるだけだ。
なので、適当に勘で選んでいる。まあ、甘いものを選んでおけば間違いは無い。
アリスはノエミの体をじっと見ている。
「え? 何々? もしかして僕の体? それはちょっと無理かも……」
「そんな訳ないだろう……もしかして、服か?」
アリスは俺の目を見つめてきた。多分正解だ。
「そういえば、お前の服は1,980ラーラの安物だったな……もうちょっと、ちゃんとした物を買いに行こうか」
まあ間違えていた時の保険として、クッキーも買っておけば問題無いだろう。
こうして俺達は、まあまあのお値段の女性用服屋に向かった。
「わー、素敵な服がいっぱいだね」
「お前も何か選ぶといい。本当は女物の服が着たいんだろ? いつも料理を作ってくれている事へのお礼だ」
「えっと……その気持ちは凄く嬉しいんだけど……」
「――ここはノームの街じゃない。誰も
ノエミはまだ迷っている。掟の力は絶大なのだろう。ならば、無理強いさせるのも良くないか。
「やっぱり、今言った事は気にしないでくれ。どんなものか、ちょっと見てみたかっただけんだ」
「……レイ君は、僕に女の子の恰好してほしい?」
「ああ」
「――どうして?」
「その方が可愛いからだ」
「レイ君! ――んっ……」
ノエミは爪先立ちになり、俺にキスをした。
「ノエミ……! 周りに客が――」
ゆぼんっ!
「あいたっ!」
アリスがノエミの右頬をぶん殴った。
「――アリス!?」
「アリスちゃん!?」
彼女が正当な理由なく、暴力を振るったのはこれが初めてだ。
「ただのお礼のキスだよ、アリスちゃん! 変な事してる訳じゃないんだから、そんなに怒らないで!」
アリスはじっとノエミを見ている。見ようによっては睨んでいるようにも見える。
ノエミとエクレアのケンカが、こんなところにも影響を及ぼしているのだ。
アリスが自分に似合う服が分かるとは思えないので、店員に
「――しかも、どれも似合っていて可愛い……この子、僕よりセンスあるかも……」
試着を終えたアリスを見て、俺も息をのむ。
「う……しかも、どれも胸を強調した服ばかり……アリスちゃん、自分の武器をよく分かってるみたい……恐ろしい子……!」
自分の平たい胸を撫でながら、ノエミは悔しそうな顔を浮かべる。
彼女も着替え終わっており、ミニスカート姿を晒している。予想通り悪くない。
「――あのリボンはお前が結ったのか?」
「違うよ、自分でやったみたい。字は下手っぴだけど、こういうのは器用なんだね」
アリスは俺の前に立ち、じっと俺の目を見る。感想を言えという事だろうか?
「よく似合っている。とても素敵だ。アリス」
褒めたところで、何か反応がある訳ではない。
だが俺には、彼女が満足したように見えた。
俺達は、購入した服を着て店を出る。
クッキーを購入する必要はなさそうなので、そのまま家路につくと、アリスが露天商の前で立ち止まった。
「――どうした、アリス? もしかしてアクセサリーが欲しいのか?」
「えー? もう、普通の女の子じゃない!」
「いらっしゃいませなのー! 腕のいい職人が作った指輪を、お求めやすい値段で買えるなのよー!」
帽子を深くかぶった店員が、アリスに話しかけている。
子供のように見えるが、口調からいってホビットだろう。彼等は手先が器用だから、ああいったものを作るのが得意なのだ。
「彼氏さん、ぜひこのエロい彼女さんに買ってあげるなの! ――って女、二人連れてるなの! とんでもねえドスケベ野郎なの!」
「いや、彼女は俺の妹だ。そうすぐに人を誹謗中傷するなよ……本当、ホビットは口が悪い。俺の知り合いにも一人いるんだが……ん? お前、もしかしてチーか?」
俺は帽子をすぽっと取った。
「げっ! バレたなの! お前、だ、誰なの!?」
「チーさん、レイ君だよ」
「え、ノエミ!? お前、女になっちまったなの!? ――で、こっちがレイだっていうなの!? 全然別人なの! えらく男前になってるなのよ!? 一体どういうことなの!? 頭がおかしくなりそうなのー!」
「いや、これが俺の本来の顔で、ノエミは元々女だ。――ところで、お前はこんなところで何をやっているんだ?」
俺はチーとボンゴが、過酷な労働をさせられていた事を知る。
工房が破壊されたのを機に、ついに逃げ出したそうだが、裏で手を回されているので、他のギルドに行く事ができない。
その為、チーは以前から趣味で作っていた指輪を売り、ボンゴは鉱夫となって、何とか日銭を稼いでいた。
「工房がないと、錬金術が使えないなの。お金を稼ぐのが大変なのー。この指輪が全部売れちゃう前に、チーも何か仕事を探さなくちゃいけないなのよー」
能天気で楽天家のホビットだが、さすがにこの状況は堪えるようだ。チーの表情は暗い。
自分の能力を活かせずに生きていくのはつらいだろう。
「なあ、チー。うちに来ないか? うちのギルドには工房があるんだ」
「え……でも……」
「言いたいことは分かる。チー、ボンゴを呼んで来てくれないか? ちょっと話をしよう」
俺達は近くの酒場に入り、丸いテーブルを囲って座っている。
「――非常にありがたい申し出じゃ。そなたの心遣い、本当に感謝する。……じゃが、ワシらにそれは許されんのじゃ」
「そうなの……レイが辛い目に遭わされていても、チー達は見て見ぬ振りしたなの。助けてもらうのはおかしいなのよ?」
俺に手を差し伸べれば、自分の身が危うくなってしまうのだから当然だ。何も悪くはない。
「そう言ってくれただけで俺は十分だ。気にする必要はない」
「し、しかし……」
「そう言われても、悪いっていう気持ちは消えないなの……」
「じゃあ、別の言い方をしよう。俺は【クッキー・マジシャンズ】を白金級1位にしたい。その為にはお前達の力が必要だ。だから来い」
「そなたの願いを叶える事が、罪滅ぼしになるという事じゃな! それなら納得じゃ!」
「よーし! レイの為に頑張るなのよー!」
こうして【クッキー・マジシャンズ】にドワーフのボンゴと、ホビットのチーが加わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます