第30話 剣聖
「――おお! また、レイの奴やりおったわい!」
「すげー! 瞬殺なのー! レイってあんなに強かったなのー!?」
「レイ君かっこいいー!」
三人のテンションはどんどん上がる。
二回戦目もレイが一瞬で勝負を決めたのだ。
「こりゃ、エールが美味く飲めるぞ! チー、買って来るんじゃ!」
「うるせー、ジジイ! 酒くらい自分で買えなの!」
「……あ、丁度売り子さんが来たよ。すみませーん!」
売り子たちは冷却の魔道具に飲み物を入れているので、いつでも冷たいエールが飲める。試合を観戦しながらの一杯は最高だ。
アリスは酔うと変なものに擬態してしまうので、ノエミはエール三つとぶどうジュース一つを購入した。
三人は試合を観戦しながら、景気よくエールをあおる。
「ワシも年じゃのう! ちと、小便に行って来るわい!」
「チーも膀胱がパンパンなのー!」
「ぼ、僕も行くよ!」
三人は猛烈な尿意に襲われ、トイレへ駈け込む。
後にはアリス一人が残された。
――それをすぐ後ろから見ていたのが、この男。女殺しのミカエルである。
(くくく、枯れ木になるまで尿を出し続けるがいいさ)
彼はこっそり、三人のエールに利尿薬を入れたのだ。
薬が切れるまで、奴等が戻って来る事は無い。
(レイの妹が、媚薬入りのジュースを飲んだ事は確認済みだ。あとは、ちょっと手を握ってやれば、僕を求めてくるだろうよ)
ミカエルが女殺しとまで言われるゆえんは、この媚薬にある。
逆に言えば、これが無ければ彼はさほどでもない。
「――やあ、お嬢さん一人かい?」
ミカエルは妹の隣に座り、肩に手を回す。
しかし、すぐに払いのけられた。
(ははあ。僕に触れられると、もう我慢できないという事か。可愛いじゃないか)
「我慢しなくていいんだよ……僕と一緒に、近くの宿屋に休憩しに行かないかい?」
妹はミカエルを無視し、隣に置いてあるエールをじっと見ている。
「お嬢さん、エールが飲みたいのかい? でも、このエールは飲まない方がいい。僕が買ってあげるよ」
シラフだと恥ずかしいから、アルコールの力を借りたいという事なんだろう。
うぶで可愛い女だ。ベッドでたっぷり可愛がってやることにしよう。
ミカエルは売り子からエールを二つもらい、妹に一つ手渡した。
「僕と君との出会いに乾杯」
ごくりと一口飲みながら、妹を見る。
彼女はゴクゴクと一気飲みをしていた。
「す、すごい飲みっぷりだね」
酔って誤魔化さないと、下半身がうずいてうずいて仕方ないのだろう。
これはもう勝利確定だ。完全に酔われてしまう前に、さっさと妹を快楽の海に溺れさせてしまうとしよう。
「じゃあ。そろそろ行こうか……」
ミカエルは妹の手を握る。――ゆぼんっ!
「ぐはっ!」
顔面をぶん殴られ、地面に転がる。
だが、女に殴られる事には慣れている。包丁で刺された事だってあるのだ。
むしろ、こうでなくては楽しくない。
こういう照れ屋の女を、自分のモノにするのが一番の醍醐味なのだから。
「ふふっ、恥ずかしがりやさんなんだね……って、おい!?」
妹の姿は消えていて、代わりにでかいカエルのぬいぐるみが置いてある。
「え? え? あれ? ……どこ行った?」
ミカエルは妹を探しに、その場を後にした。
* * *
出番がやって来たので、俺は控室を出て通路を進む。
闘技場に上がった瞬間、大きな歓声が沸いた。三回戦目ともなれば、かなり注目されるのだろう
「――ならば宣伝のために、もっと剣で打ち合った方がいいのか?」
まだ一回も相手と剣を交えていない。
「この剣の凄さがまったく伝わっておらんぞ!」とボンゴが怒ってそうだ。
俺は観客席を見る。
「ボンゴは……随分と機嫌良さそうに飲んでるな。じゃあいいか。――って、アリスの奴、酒を飲んだのか?」
ノエミがぐったりとしたカエルのぬいぐるみを抱えて、こちらに手振っている。
俺は軽く手を振って返した。
「――随分と余裕じゃな、小僧」
長い白髭をたくわえた白髪の老人が、俺に鋭い眼を向けた。
腰には反りのある剣を差している。おそらくカタナだ。
「――決して、あなたを軽んじたわけではありません」
老人は鼻をふんっと鳴らした。
「わざわざ、東の果てからやって来たが、この国の剣士はどれも大した事がないのう……完全な無駄足じゃわい」
東の国の剣士は、世界最高の剣術を持つと言われている。
ならばその技、とくと見せてもらうとしよう。
『――
おそらく多くの弟子を持っているのだろう。それでもなお上を目指そうとするのは立派だ。
『――
大きな歓声が上がる。
アリス達のいる方とは逆方向から、強い視線を感じたので振り向く。
俺と目が合った黒髪の女が、ぷいっと顔を逸らした。
「エクレア……あいつ、来てたのか……」
『――それでは、三回戦一試合……始め!』
ゲンリュウサイはカタナを抜かずに、柄に手をかけたまま姿勢を低く保っている。
イアイというやつだろう。うかつに飛び込めば、真っ二つだ。
俺は袈裟掛けにしてある革ベルトから投げナイフを抜き、ゲンリュウサイに投げ付ける。
――シュパッ!
目にも留まらぬ速さで、投げナイフが斬られた。
しかも、それほどの抜刀速度でありながら、斬撃後には納刀されている。
「これは凄い……それにあのカタナ、相当な業物だ……」
三位一体の剣もかなりの業物だが、ゲンリュウサイのカタナはそれ以上だ。
受けようとすれば、剣ごと斬られてしまうだろう。
「これは中々厄介な相手だ……」
俺は静かに大きく息を吐いた。
* * *
日和国最高の剣士の称号である【剣聖】の称号を手に入れ、紫電流は今や三千人の門下生がおり、しかもその中には将軍や大名までいる。
もはや自分にやるべき事はなくなった。あとはどこで終えるかだけだ。
息子に紫電流を託し、死に場所を求めこの地にやって来たが、とんだ期待外れだった。
「ワシを殺せそうな者はおらんのお……」
源流斎は飛んで来た小刀を斬り捨て、名刀残月を鞘に戻す。
――奴の戦法はこれで分かった。
次は小刀を弾いた隙を狙って、斬り込んでくる。
「そういった小手先の技はワシに通じんぞ、小僧……」
手裏剣、石、弓矢。同じ事を考えた相手を、何十人と切り伏せてきた。
この神速の抜刀術に隙など無い。
男が息を吐いた。
(覚悟ができたようじゃ。――少しは楽しませておくれよ?)
男はゆらりとこちらに歩き出す。
(んん? 小刀を使うつもりはないのか?)
源流斎がほんの一瞬思考した瞬間、男は目の前に迫っていた。
(――ほう! 縮地を使えるのか! だが、まだまだ!)
この地で会った剣士の中では一番の速さだ。
だが、紫電流の門下生の中では、十本の指に入れるかすら怪しい。
(――その腕前に敬意を表し、腕ごと斬り落としてやろう!)
一回戦、二回戦の相手は弱すぎたので、武器を真っ二つにし降参させた。
お前ごときの血では、我が刀を汚すに値しないと示したのだ。
源流斎は柄を握り、真一文字に残月を一閃する。
――はずだった。
「……お? おお?」
源流斎が真横に振ったのは、自分の右腕だけだった。
残月は、彼の手首と一緒に地面に落ちていた。
首元に剣が突き付けられる。
「ゲンリュウサイ殿、降参を――」
源流斎は「がはは!」と豪快に笑う。
「お見事! レイ・パラッシュ殿! 降参でござる!」
再び人生に目標ができた。
剣聖の称号を授けられた時よりも遥かに嬉しい。
源流斎は、残った左手でレイ・パラッシュと強い握手をし、闘技場を去った。
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