第八章 プリンセスガード

第40話 ワガママ王女セシリア

 スカンラーラ王国国王ジュリアン・マティウス・バシュレのそばには、十人の宮廷護衛官が控えている。

 その内の一人ポメラ・ホワイトには、他の九人では務められない、ある特別な役割が与えられていた。


――プリンセスガード。そう、王女セシリア・リラ・バシュレの護衛だ。



「姫様ぁ、この時間にお買い物は止めましょうよぉ。もう夜ですよぉ? お店もしまってますってぇ」

「本当に頭が悪いのねアナタ。だったら、店の主人を叩き起こせばいいじゃない。そんな事も分からないの?」


「わうん、もうしわけありませぇん」


 馬車に揺られながら、ポメラはがくりと肩を落とす。


 セシリア・リラ・バシュレ。

 ジュリアン国王の第三夫人の長女で、金髪碧眼の大変麗しい容姿の持ち主だ。


 王には五人の子供がいるが、この唯一の娘を大変溺愛している。

 おかげで、とんでもないワガママな性格に育ってしまい、まだ9才という年齢でありながら、手に負えない感じとなっていた。


 そんな彼女に仕え続ける事ができたのは、ポメラただ一人だけである。

 他の者は、長くて一週間、短ければ一時間でギブアップだ。



「わぅ? 何かあの木、変な臭いがするなぁ?」


 ワーウルフの彼女は、鋭い嗅覚で敵や異変を察知できる。

 セシリアとの相性だけで、プリンセスガードに選ばれた訳ではないのだ。


――木が動いた。


「姫様っ!」

「――何!?」


 ポメラは咄嗟にセシリアをかばった。

 馬車がメキメキと押し潰される。大木が倒れてきたのだ。


「……姫様、お怪我はありませんかぁ?」

「ええ、まったく何てついてないのかしら! これじゃあお買い物に――ポメラ? ちょっと、ポメラ!」


 ポメラの体には何本もの枝が突き刺さっていた。



     *     *     *



 ノエミに睨まれながら馬車に揺られること丸二日、俺達はようやく王都プラエド・エポコールに到着した。

 俺とエクレアはついこないだ来たばかりだから何とも思わないが、アリスとノエミは初めてだ。アリスは食い入るように、ノエミは嬉しそうに馬車から街を眺めている。


(……ようやくノエミのご機嫌が直ったようだ)


 事の発端は、一通の依頼の手紙をノエミが受け取ってしまった事による。

 彼女は手紙を開封すると、みんなに伝えられるよう、朗読し始めた。


「……拝啓、レイ・パラッシュ殿。先日はわたくし達の期待に応えてくださったようで、本当に心からお礼申し上げます。エクレアは何も言いませんでしたが、あの子の様子を見る限り、あの夜――」

「――待てノエミ。手紙を俺に渡してくれ」

「もう、ママ! 何書いてるのよ、信じらんない!」


 ノエミは声に出すのを止めたが、最後まで手紙を読んでしまった。

 だんだんと手がぷるぷるしだす。これは非常にまずい。


「レイ君……? これ、どういう事かな……?」


 手紙で隠れていたノエミの顔があらわになる。まるで凶悪な魔女のようだ。

 幾多の修羅場をくぐり抜けた俺ですら恐怖を感じる。


「……誤解だ。何も起こっていない」

「……じゃあ、なんでエクレアちゃんの顔が真っ赤になってるの……?」


 チラリと横目で見る。確かに茹でクラーケンのように赤い。


「熱があるんじゃないか……?」

「信じらんない……僕とアリスちゃんにお留守番させてる間に、そんな事してたんだ……」


「いや、エクレアの実家に泊まっただけだ」

「絶対何かあったよね? 二人の距離がぐっと近くなってるもん」


……なるほど。だから、エクレアの同居を許さなかったのか。

 エクレアは二階の個室に住みたいと言ったのだが、アリスが首を横に振りサインをしなかった。ノエミにそうするよう吹き込まれたのだ。


――バシュッ!


「いたっ! ちょっと、何すんのよ!」

「おい、アリス!」


 アリスは手のひらをエクレアに向けていた。




 こういうのは絶対に認めてはいけない。俺は最後まで徹底してしらを切り続け、ようやく依頼内容が書かれた手紙を読む。


 差出人はスフレ・シュトルーデル。エクレアの母親だ。

 だが依頼人は別の人物だった。彼女はその男に頼まれて、代わりに手紙を書いたのだろう。


 依頼人は宮廷護衛官長メンデル・ルガー。

 ついに俺達【クッキー・マジシャンズ】は、国王の側近から依頼を受けるほどまでに成長したのだ。

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