第3話 出会い

「ふむ、年齢は20か……。ほう、【高潔なる導き手】に四年間所属していたのですな」

「はい、と言っても中核のメンバーではありませんでしたが」


 どうせ、すぐにバレてしまうのだから正直に言った方がいい。



 意外にも、【深淵をのぞく者】のギルド長は、あっさりと面接に応じてくれた。

 引っ越してきたばかりだから、ゲラシウスの手がまだ回っていないのだろう。


 ギルド長タエンボスは、立派な白髭を撫でながら俺の履歴書を眺めている。


「パラッシュさん、失礼ですがご家族は?」

「独身です。両親はすでに死別しています」


「これは失礼しました。……では、恋人や友人はおられますかな?」


 俺の脳内で警報が鳴る。


「――いえ、いません」

「……ほうほう、分かりました……ではレイ・パラッシュさん、あなたを当ギルドに歓迎しましょう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 頭を下げる俺の目は、冷たい輝きを放っているだろう。


 タエンボスは俺の魔術師としての能力についてまったく関心がなく、交友関係しか聞いてこなかった。

 その理由は一つ。俺を探す人間がいるかどうかにしか興味がないからだ。

 おそらくこいつらは、浮浪者や孤児などをさらっている。魔法や薬の実験に使っているのかもしれない。


「では早速ギルドメンバーを紹介しましょう。彼等はみんな、練習熱心でしてな。地下の訓練場におるのです」

「分かりました。どんな方々なのか楽しみです」


 彼等の企みに気付いていながら逃げないのは、この方法でしか囚われている人達を助け出す事ができないからだ。

 衛兵は頼りにならない。買収されてしまうおそれがある。


 俺はタエンボスについて行き、地下へと降りる。

 錬金術用の工房が見えた。やはり、薬を調合しているようだ。


「みんな、紹介しよう。今日から我等の仲間となったパラッシュ君だ」


 三人の魔術師がまとに向けて魔法を放つのを止め、こちらに振り向いた。


「初めましてレイ・パラッシュです。初級魔法しか使えませんが、よろしくお願いします」


 三人は軽く会釈した。

 彼等はタエンボスほど役者ではないようだ。その眼を見れば、何人も人を殺しているのが分かる。


「その的はなんですか? 生きているようですが?」

「ラージスライムですよ。洞窟で捕まえたんです」


 モンスターとは言え、生き物を的にするとは趣味が悪い。

 それを隠そうともしない時点で、こいつらが異常者だと分かる。


「では乾杯しましょう。我等は新人を迎える時、必ずブドウ酒を口にする事にしているのです」


 タエンボスは四つのワイングラスにブドウ酒を注いでいる。

 俺はワインボトルの形状から、非常に香りが強い銘柄『アメリ・ラマルチーヌ』であると判別した。

 麻痺毒の一つである『ペラン毒』の臭いをごまかすために、用意したのだろう。


「ではどうぞ、パラッシュ君」


 俺はワイングラスをクルクルと回した後、香りを嗅ぐ。

 普通の人間には分からないだろうが、かすかにペラン毒の甘い香りがする。


(<魔力の盾イレイン>)


 無詠唱で<魔力の盾イレイン>を発動する。これはかなりの高等技術なのだが、初級魔法しか使えない俺がやったところで恥ずかしいだけだ。よほどのことが無い限り、使う事は無い。


 俺はグイッと一気に飲み干す。――うまい。

 問題は無い。魔力の膜が毒を打ち消している。


「おお! 良い飲みっぷりですな!」


 タエンボスは髭を撫でながら微笑む。


「ええ、俺のような貧乏人には、中々口にする事ができない銘柄ですからね。ありがたいですよ」


 俺は四人がワインを飲み干すのを笑顔で眺める。

 ペラン毒の効果が表れるのは、胃に到達してから五分後。――そろそろいいだろう。


「うっ! ――し、痺れる……」


 俺はその場で倒れ込む。


「ふふっ、まさかブドウ酒一杯で、命を差し出す事になるとは思わなかっただろう。――さあ、運べ」


 一番体格のいい魔術師に担ぎ上げられ、地下牢へと放り投げられた。


「明日から、ドラゴンの鱗を生やす薬の実験台になってもらうぞ」


 タエンボスはそう言うと、姿を消した。

 三人の魔術師も元の場所に戻り、魔法の練習を再開したようだ。詠唱する声と、発射音が聞こえる。またスライムをいたぶっているのだろう。


 俺は首を動かし、奴等がいない事を確認すると、静かに起き上がった。

 向かい側の二つの牢には、中年の浮浪者が捕まっている。

 隣の牢に人がいるかは、現時点では分からない。


 俺は握りしめたこぶしを開いた。

 手のひらには真鍮しんちゅう製の小さなカギの束が乗っている。担がれている時にくすねたのだ。

 二人の浮浪者に静かにしていろと合図し、音を立てないようにカギを開けた。


 浮浪者達が「置いて行かないで!」と、大声を出す可能性があるので、彼等の牢のカギを開け、まだ出ないようにとだけ言っておく。

 隣の牢には娼婦と思わしき女が入れられていた。

 この牢は開けない。何故なら彼女はすでに死んでいるからだ。


 俺は忍び足で進み、三人の魔術師の後ろ姿を確認した。

 辺りにダガーの一本でもないかと探してみたが、武器になりそうな物は一つも無い。


(仕方ない……丸腰でいくか)


 ここで才ある魔術師ならば、強力な攻撃魔法で一網打尽いちもうだじんなのだが、あいにく俺は底辺魔術師。格闘術を用いるしかない。


(一体どこに、拳で戦う魔術師がいるっていうんだ……!)


 なげきたくなる気持ちを抑え、俺は静かに、そして瞬時に間合いを詰め、一番右に立っている細身の魔術師の首をへし折った。

 二人の魔術師がこちらに気付く。

 真ん中の魔術師の喉を、詠唱される前に手刀で潰す。

 唱えられたところで、俺の<魔力の盾イレイン>は破られないが、大きな音が発生してしまう。

 そうすると、タエンボスを不意打ちできない。


「イド――」


 まん中の魔術師が腰に差していたダガーを抜き、最奥の魔術師の喉を突き刺す。

 そして、すぐさま残った一人の首をかっ切った。

 魔術師の戦い方でない事は重々承知だ。だが俺には、この方法でしか敵を倒せない。


 俺は魔術師から傷薬を拝借はいしゃくし、バッグにしまう。

 傷薬はなかなかに高価な代物だ。貧乏人の俺には常備できる物ではない。ありがたくいただく。


 一階に通じる扉を静かに開ける。

 タエンボスは執務机に座り、読書の真っ最中だ。


(すばらしいブドウ酒をありがとう。――これはお礼だ)


 俺は素早く腕を振った。

 タエンボスの脳天にダガーが突き刺さり、バタリと倒れる。

 奴の死体を引きずり、急いで地下に隠す。



「――もう大丈夫だ。スープを一杯おごってやると言われても、ついて行くなよ」


 二人の浮浪者は俺に礼を言うと、階段を上ってどこかへと去った。

 俺は的にされていた、大きなスライムの元へと向かう。


「形が崩れてきている――死にかけているな。だが、あれだけ食らっても生きているという事は、攻撃魔法と回復魔法を交互に練習していたという事か……」


 まさに生き地獄だ。

 一体いつから的にされているのかは知らないが、相当な苦痛だっただろう。――スライムに痛覚があればの話だが。


「さて、こいつをどうするか――」


 このまま放っておけば死ぬだろう。

 助けてやりたい気持ちは正直ある。こいつの哀れな状況が俺に重なって見え、ついつい同情してしまうのだ。

 だが、さぞかし人間に恨みを抱いているはずだ。逃がせば人を襲う恐れがある。やはり殺してしまうべきか。


「……うーむ、判断に迷うところだ。とりあえず連れて帰ろう」


 俺はスライムを網目の細かい檻に入れ、火の手が回りだした【深淵をのぞく者】を後にした。

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