第4話 立ち込める暗雲と差し込む陽光

 ギルド長室で、ゲラシウスは優雅に紅茶を飲んでいた。


「――ふふ、レイを追放してから一か月。今頃奴はどうしてるだろうか。この街の全魔術師ギルドに、あいつを雇うなと言っておいたからな。物乞いにでもなってるかもしれん。わははは!」


 ゲラシウスの命令に逆らえるギルド長はいない。

 彼から、おこぼれの依頼を回してもらっているからだ。


「ふん、MPが高いだけの無能が調子に乗るからだ。ゴミめ!」


 口ではさげすんでいるものの、彼はひそかに嫉妬していた。

 レイは初級魔法を使っていただけで、最大MPが9999になってしまったのだ。並大抵の才能ではない。


 並の魔術師であれば、MPは100もあれば良い方だ。最高ランクでもせいぜい400といったところだろう。

 現にゲラシウスのMPは40年の修行を積んで224である。その才能の差は歴然としている。


「しかもあのクズは顔も良かった……! どこまでも不愉快な奴だ!」


【高潔なる導き手】に入った直後から、レイは女のギルドメンバーから人気があった。

 そんな思いをしたことが無いゲラシウスは、レイに対して激しい憎悪を抱くようになる。


「レイと仲良くしたらクビにすると脅し、奴を過労に追い込んで死人みたいな顔にしてやったら、誰も近寄らなくなったがな。わははは!」


 レイより後にギルドに入った者は、彼がかなりの男前である事を知らず、気持ち悪い男としか認識できていない。これは本当に愉快だった。



 ドアがノックされる。


「む……入りたまえ」

「――失礼します」


 副ギルド長のグスターボが、浮かない顔をして部屋に入って来た。


「月次決算書をお持ちしました」

「うむ、ご苦労――どれどれ……?」


 決算書を眺めるゲラシウスの顔が、みるみると紅潮こうちょうしていく。


「どういう事だね、これは!? 純利益が大幅に落ちているではないか!」

「も、申し訳ありません。レイがいなくなった事で、マジックポーションと、運搬人の費用がかかるようになったもので……」


「マジックポーションなら、うちの工房で作っているだろう!?」

「レイの<魔力付与リヒテミ>が使えなくなったことで、錬金術師たちの生産力が大幅にダウンしまして……」


「ふざけるな! では、メンバー達にはこう伝えろ! マジックポーションは、当ギルドで製造した物しか使用してはならん! 枯渇こかつした場合は自然回復を待てとな!」

「かしこまりました。違反した場合は罰金としておきます」


「うむ。運搬人の件についても聞かせてくれたまえ。何故予算の三倍の費用もかかっているのかね?」

「はい、通常の運搬人であれば、予算内でおさまったのですが、現地をガイドできる運搬人を雇わねばならなくなったので……」


「どういう事だね!? うちのギルドメンバーはガイドを雇わねば、自分で目的地まで辿り着けないとでも言うのかね!? 冗談もほどほどにしたまえ! だったら、今までどうやって依頼をこなしてきた!?」

「実はレイの奴めは、ここ一帯の地形を完璧に把握しており、ガイドの業務もおこなっていたそうです。メンバーは奴に道案内を任せっきりだったようで、まともに地図も読めません」


「馬鹿者! 今すぐメンバーに訓練させろ! 無論、運搬人を雇う事は禁止とする! 荷物持ちもルート作成も自分達でやらせろ!」

「か、かしこまりました! これも違反したら罰金とします」


 グスターボはそそくさと出て行った。


「クソが!」


 ゲラシウスは紅茶の入ったカップを、床に叩きつけた。



     *     *     *



 俺はエールを飲みながら、檻の中のスライムの様子を見る。


「お前を助けていいものか……」


 スライムは形が保てず、どんどんと平べったくなっている。

 あと数分もすれば完全に崩壊し、死に至るはずだ。


「よし、人を襲わないと約束するなら助けてやる。――どうだ?」


 スライムが言語を理解できるわけがない。

 だが酔っ払っている俺は、そうだと分かっていても、ついつい話し掛けてしまう。

 当然、スライムからは何のリアクションも返ってこない。


「無言は肯定と見なすぞ。じゃあきちんと約束は守れよ?」


 俺は魔術師から頂戴ちょうだいした傷薬をスライムに振り掛けた。

 だんだんとスライムの形が半球状へと戻っていく。


「回復したようだな。――どれ、ちょっと出してみるか」


魔力の盾イレイン>を掛けておけば、スライムに殺される事など絶対ない。

 襲ってきたら、すぐに檻にぶち込んでしまおう。


 俺は檻を開けたが、スライムは出てこない。もしかしたら怖がっているのかもしれない。


「――いや、それはないな。スライムに感情はない。昆虫と同じだ」


 いつまで経ってもスライムは出て来ないので、俺はあきらめて料理を始める。

 タマネギとジャガイモだけのスープだ。酒を買う金はあるが、肉を買う金はない。自分でも馬鹿なのは分かっている。


「いただきます――お、出て来たな」


 匂いに釣られたのか、スライムがモゾモゾと檻から出てきた。


「お前も食うか?」


 俺は皿にスープをよそい、パン一切れをひたして床に置いた。

 スライムは必死に、それを体内に取り込んでいる。


「おお……スープ食うんだな。意外に可愛く思えてきたぞ」


 スライムはスープを食べ終えたが、俺の近くを這うだけで襲ってくる様子はない。


「無害であれば、飼ってもいいかもしれないな」


 前々からペットが欲しいとは思っていた。この孤独な生活に、少しでもいろどりを添えたかったのだ。


「しかも犬のように吠えないし、散歩させなくていい。排泄も……しないよな? ――悪くないぞ。……よし、お前を飼おう!」


 俺の足にへばり付いているスライムを抱きかかえる。

 逃げも暴れもしない。プヨプヨとした感触が気持ちいい。


「いいかげん、つまらないプライドを捨てないとな……」


 俺は今無職。早く仕事を見つけなければ、こいつを養っていく事はできない。


「今の俺にできる事といったら、単純作業しかないな……魔法を上手く使えば活躍できるか?」


魔力の盾イレイン>を使えば、肉体労働で役に立てるはずだ。

 しかも、一応魔法を使っているわけだから、魔術師として最低限のメンツは保てている。……と思う。


「よし! 明日、酒場に行ってみよう!」


 ようやく決心がついた。このスライムに感謝だ。

 俺はスライムを優しく撫でた。



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 あとがき

『ボーイ・ミーツ・スライム』編はこれにて終了となります。

 第二話まで読んで相当胸糞が悪くなった読者の方が多いのではないかと思います。

 これからの展開にぜひ期待していただければと思います。


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