第12話 雪山での追跡

 エクレアの遭難救助の件のせいか、俺達に舞い込んでくる依頼は捜索ばかりだった。

 せっかくアリスとの合成魔法が使えるのだから、モンスターの群れを退治したいというのが本音だ。


 だが、俺達のような最低ランクのギルドに仕事をくれたのだ。文句など言える訳がない。

 家出した猫、認知症の老人、薬草探しに行ったきり帰ってこない薬師と、確実に依頼をこなしていく。


 そしてついに捜索依頼としては、これ以上のものはないだろうという依頼がやってきた。




「――アリス! 凍えてないか!?」


 吹雪の中、俺は大声でアリスに呼びかける。そうしないと声が届きそうにないのだ。

 アリスは無表情で淡々と俺について来る。どうやらこの吹雪でもまったく問題無いようだ。

 魔術師達から毎日魔法で痛めつけられていたせいで、アリスは三属性に対し高い抵抗を持っている。

 一応耐寒装備をさせてあるが、それもいらないのかもしれない。



 狼の唸り声が聞こえる。スノーウルフだろう。

 純白の毛並みを持つこの狼を、吹雪の中で見つけるのは非常に困難だ。アリスに頼るしかない。

 俺はアリスの手を握った。


――バシュシュシュシュシュシュシュシュ!


 キャイン! とスノーウルフの悲鳴が聞こえた。上手く仕留めたようだ。

 アリスは熱を探知できるようで、この視界の悪さでもスノーウルフが見えている。

魔法の矢レイゼクト>の連射速度も上がっており、機敏に動く標的も逃がさず捉える事ができる。


 合成魔法はお互いの絆の強さによって、強度が変化する。

 確かに俺はアリスに対する信頼を日々深めているので、この変化には納得できる。


 気になるのは、アリスが俺をどう思っているかだ。

 無性であるスライムに恋愛感情はないだろうが、仲間意識くらいは持ってくれているんじゃないかと期待している。



 アリスはスノーウルフを全滅させたようだ。

 俺は小さな足跡をトラッキングする。


 残された時間は、もうあまりないないはずだ。




 ジェイラン・ラペルト伯爵とその三人の息子達、そしてお供大勢は、ここレムフスカー山のふもとにある、レミルス湖でカモ狩りを楽しんでいた。

 首尾は上場で、せっかくだからと何羽かその場でさばき、ワイン片手にカモ肉のローストを味わっていたところ、三男がいない事に気付いた。


 彼等は慌てふためき、すぐに捜索をおこなうが、三男の姿は一向に見つからない。

 ラペルト伯はデポルカの街、全魔術師ギルドに三男捜索の依頼を出した。

 しかし運が悪い事に、魔術師達がレミルス湖に到着した時には、かなりの雪が降りだしていた。


 吹雪となれば、この場所に留まるだけでも危険だ。山に入って探索をおこなうなど自殺行為に等しい。

 ほとんどのギルドは二次災害を恐れ、入山を断念する。

 だがラペルト伯の手前、街に帰る訳には行かない。比較的安全なレミルス湖周辺のみを捜索する。

 そしてとある中堅魔術師が、人間の足跡を見つけた。



「――レイ! 来てくれ! この足跡はどうだ!?」


 俺を呼んだ魔術師の元へ向かう。

 かなり新しい小さな足跡。間違い無いだろう。


「よく見つけてくれた! 俺達は今からこの足跡をトラッキングする! お前はラペルト卿にそう伝えてくれ!」

「無理だ、やめておけ! 完全に吹雪になっている! 確実に死ぬぞ!」


「問題無い! 俺の<魔力の盾イレイン>は長時間継続できる! このままでは雪が積もって足跡が消える! その前に見つけなければ!」

「冷気には耐えられても、この視界だ! 遭難するぞ!」


「大丈夫だ! もっとひどい状況を何度も乗り越えている! それにアリスは目がいい! 必ず助けてみせる!」

「……分かった! 頼んだぞレイ! 必ず生きて帰って来てくれ!」


 こうして俺達は吹雪の中、レムフスカー山を登る事になったのだ。



 三男の足跡にはもう一つ小さな足跡がある。

 恐らくモコ鳥だろう。白くモコモコとした毛に覆われた、二足歩行の可愛らしい生き物だ。

 それを追い掛けて、山に入ってしまったに違いない。


「中々ハンターとしての才がある……」


 モコ鳥はあまり人を怖がらないが、それでも近づきすぎれば逃げる。

 三男は適切な距離を保ちながら、モコ鳥の後をつけていた。



「――そろそろ凍えて来たな……だが、まだだ」


 まだ<魔力の盾イレイン>は使えない。耐えられるうちは耐える。

 たとえMP9999だろうとも、無計画に長時間使えば、さすがに枯渇する。

 三男を見つけたはいいが、<魔力の盾イレイン>で守れませんでは話にならない。



「雪が完全に積もってしまった……」


 急ぎ足で進むも、さらに強くなった吹雪は、三男の足跡を消してしまった。


「クソ……トラッキングは不可能になった。となれば、彼の行動を予測して進むしかない」


 三男はモコ鳥を追っている。そしてこのモコ鳥は、恐らく巣に戻ろうとしている。


「――つまり、このモコ鳥の巣を探せば良いという事だ」


 モコ鳥は山の中腹辺りの標高を好み、岩場に隠れて暮らす。そこを目指そう。


「アリス! 生物の反応があったら教えてくれ!」


 俺はレムフスカー山中腹に向け、全力で進みだした。




 スノーウルフを始末した俺達は、雪の上に残っている三男とモコ鳥の足跡をトラッキングしている。

 これは、少し前に彼等がここを歩いた事を示す。

 時間が経てば、雪が積もって足跡を消してしまうからだ。


「近いぞ! そして彼はこの吹雪でも、モコ鳥の追跡を諦めていない! 大したハンターだ!」


 俺は笑いが込み上げる。

 この状況なら、普通大泣きしているだろう。

 だが、彼の足跡からは依然楽しさが感じられるのだ。


 足跡が岩場の方へと向かって行く。

 巣が近いのだ。


――見つけた。

 子供が何とか入れそうな小さな洞窟だ。


 俺は照明の魔道具で中を照らす。


「……ははは! お前は将来大物になるぞ!」


 洞窟の中にはモコ鳥に囲まれ、笑いながらお菓子を食べている三男の姿があった。



------------------------------------------------------------------------------------------------

 あとがき

『クッキー・マジシャンズ』編はこれにて終了です。

 この作品では、MP9999というチート臭い能力だけで問題を解決するという事はありません。

 レイの知識、技術、判断力、分析能力が伝わるようにしています。


 ここまで読んで「面白い、続きが気になる」と思われた方は、作者の励みになりますので、お手数ですが評価とブックマークをお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る