第四章 雷神ヴァルフレード
第13話 貴公子の屈辱
氷の貴公子ディリオンは、焔の魔女エクレアと雷神ヴァルフレードを伴って、バー【アンスクレ】に来ていた。
この店を選んだ理由は二つある。
一つは店のレベルが高いので、薄汚くやかましい労働者がいない事。
もう一つは女性客が多い事だ。
目論見どおり、彼が入店してからしばらくすると、周囲の女達が自分の噂をしているのが耳に入って来た。ディリオンは、それがたまらなく快感なのだ。
(ヴァルフレードの馬鹿を連れてきて正解だったな。より、僕の輝かしさが際立っている)
女達から「あの方素敵……! 隣の男はダサいけど……」とか「まるで月とスッポンね」といった声が聞こえてくる。最高の気分だ。
「チッ……! 気に食わねえ女どもだ! ディリオン、店変えようぜ!」
「まあまあ、いちいち気にしなくていいじゃあないか。それに、ここよりいい酒を出す店はないよ?」
ヴァルフレードは不満気にエールのお代わりを頼んだ。
飲みまくって、気を紛らわすつもりなのだろう。
ディリオンは自分に左隣に座る女を見る。
この馬鹿女がやらかしたせいで、ギルドの評判はダダ下がりだ。
それは、そこに所属する自分の格も下がるという事である。
「――エクレア、みんな君の事を待っているんだ。早く戻ってきたまえよ?」
火炎魔術師が三人死に、こいつも精神を病んで復帰できない。
今【高潔なる導き手】は、深刻な火炎魔術師不足に陥っており、依頼成功率はさらに低下している。
おかげで、ゲラシウスの八つ当たりは日に日にエスカレートし、グスターボの生え際はさらに後退している。
「ごめんなさいディリオン様。アタシ、戦うのが怖くなっちゃって……」
「大丈夫、僕が付いてるよ」
ディリオンはエクレアの手に自分の手を重ねた。
面倒くさい女だ。ヘマするたびに、一々こうやって慰めなければいけない。
グスターボからの命令なので一応時間を割いてるが、こういう病んでる女とは、絡みたくないというのが本音だ。
「でも……」
「最近マイコニド退治の依頼が多いんだ。明日も行く。エクレア、君の力を僕に貸して欲しい」
マイコニドはキノコのような寄生型モンスターだ。
宿主の思考を操り、他の生物を襲わせ、菌を植え付けて繁殖する。
ほとんど小型の動物にしか寄生しないので大して強くない。しかし、放っておくと次々と数を増やすので非常にやっかいな奴だ。
こいつは炎に弱いのだが、火炎魔術師の不足している【高潔なる導き手】は、上手く依頼をこなせずにいた。
ディリオンはエクレアの手を握った。
――が、するりと抜けられる。
(何のつもりだ、このクソアマ!)
「本当にごめんなさい、ディリオン様。もう少しだけお休みさせてください……」
「分かったエクレア。この後、僕の部屋に来るといい」
とことん抱けば気も変わるだろう。
説得にも依頼にも失敗すると、さすがに自分の立場も危うい。
それを避けられるのなら、二発でも三発でもやってやる。
あいにくこの女は、見てくれだけはいい。そんなに難しい事ではない。
「そ、そういう事じゃありません! アタシ、もう無理なんです……」
「おいおい、エクレアー……」
ポロポロと泣き出してしまった。
これは本当にもう駄目かもしれない。新しい火炎魔術師を募集した方が早そうだ。
バーのドアが開き、二人の男女がカウンターに座った。
男は一番安いエールを注文し、マスターと話している。
どうやら、魔術師ギルドのメンバーのようで、仕事を紹介してくれた事に礼を言っているようだ。
周囲の女達が男を一斉に見る。
「ねえねえ、あの人、超カッコよくない?」
「うんうん、ちょっと悲し気な雰囲気が出てるのが素敵……」
「でも彼女連れかー。凄い可愛いし、私じゃ勝ち目ないわー」
「さっきのあの金髪の人とどっちが好み? 私は今来た黒髪の人!」
「私もー! あの人の方が断然イケてるし!」
ガンッ!
ディリオンはカウンターを拳で叩いた。エクレアがビクッとする。
この怒りはこいつにぶつけるしかない! この女のせいで、こんなクソ店に来たのだから当然だ!
「エクレア! ちょっと来い!」
「ディリオン様!?」
ディリオンはエクレアを引っ張り、トイレに連れて行く。
さすがに他の客の前で怒鳴るわけにはいかない。
トイレの鍵を閉め、入って来られないようにする。
「明日絶対に来い! 来なきゃ、ギルド長にクビにするように言ってやる!」
「そんな、無理です。お願いします、許してください……」
「分かった分かった。ハメて欲しいって事だな! そんなに言うならぶちこんでやる!」
「いや! アタシ、したくない!」
ディリオンは強引にエクレアの手を洗面台につかせた。
「ほら、ケツを突き出せ!」
「やだ! やめてください!」
――ガチャリ。鍵が開いた。
「――ん?」
勢いよく開けられたドアが、ディリオンの側頭部に打ち付けられる。
彼は下半身丸出しのまま、気絶した。
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