第14話 失った信頼、得た信頼

「どういう事だね、ディリオン君! バーで酔っ払って、下半身丸出しで寝ていたそうじゃないか!」

「申し訳ありません、ギルド長……」


 本当の事を言えないディリオンは、ただ謝るしかない。


「次は君だ、ヴァルフレード君! 客とトラブルになったって!?」

「はい、すんません……」


 ディリオンは隣に立っているヴァルフレードを見る。


 この馬鹿は黒髪の男がトイレに踏み込んでいる時に、一人になった水色の髪の女にちょっかいを出したらしい。

 まったく相手にされない事にイラついたこいつは、女を小突き、胸をむりやり揉んだと聞いている。

 それを丁度戻って来た男に見られ、それはもうボッコボコにされたそうだ。


「マスターやその場にいた客達から、苦情が殺到しているのだよ! 私の顔に泥を塗る気かね!」


 ディリオンとヴァルフレードはひたすら謝る。


「最新号の四季報を見たかね! 銀級17位だ! デポルカの街では3位になる! 君達のせいで、さらにランクダウンするぞ!」

「そんな事はさせません! 必ず1位を取り戻して見せます!」

「おうよ、任せてください!」


「よし、ではランクダウンしたら、君たちは報酬5割カットだ」

「ぐ……分かりました……」

「何とかしてみせますよ……」


「いいだろう。では退室しろ。――エクレアを呼んできたまえ」


 二人は苦悶の表情で部屋を出ると、外で待っていたエクレアに声を掛けた。



     *     *     *



「エクレア君、休暇の延長は却下となった。火炎魔術師が足りんのだ。早速働いてもらうよ」

「そんな! アタシ、まだ無理です!」


「今の君でも、マイコニドの相手くらいならできるだろう? 早目にリハビリした方がいいのだ。――そうそう、君はエース降格だ。これからは一般メンバーとして扱うからそのつもりでいるように」

「そ、それだけは! エースじゃないと、赤ちゃんが産めなくなっちゃうんです!」


 その事はゲラシウスもよく知っている。


 シュトルーデル家は、代々優れた魔術師を生み出している超名門魔術師一族だ。

 彼女の両親はもちろん、兄と姉も宮廷魔術師である。


 落ちこぼれの彼女はその試験に落ち、両親の期待を裏切ってしまう。

「無能の遺伝子は残さない」と、生殖機能を失う薬を飲まされそうになるが、この誉れ高い【高潔なる導き手】のエースに就く事を条件に、何とか許してもらったのだ。


「うむ、知っているとも。――私も鬼じゃない。君が誠意を見せてくれれば、考え直してもいいんだよ? ……意味は分かるね?」


 ゲラシウスはベルトを外し、チャックを下ろした。


「やだ! アタシ、そういう事したくない! どうして男の人ってみんなそうなの!?」

「わっはっは! 嫌がれ嫌がれ! その方が私は楽しめるんだ!」


 力でむりやりねじ伏せる方が燃える。受付のメルルのように、従順なのは面白くない。


「本当に好きな人ができたんです! 他の事は何でもするから許してください!」

「おお! 彼氏ができたのかね! それはいい、寝取るのは三度の飯より好きなんだ!」


 興奮が高まり、ゲラシウスは股間を隆起させる。

 そして下劣な笑みを浮かべながら、ゆっくりとエクレアに近付いていく。


「やだ……助けて……」


――ドカンッ!

 ドアが叩きつけられるように開けられた。


「――入りますよ」


 ゲラシウスは慌てて後ろを向き、チャックを上げベルトを締めた。


「な、何だね!? ノックくらいしたまえ!」


 部屋に入って来た人物を見る。

 忌々しい、あのクソ野郎だ……!


「レイ!! 何しに来た!!」

「何しにって、共同依頼の話しかないでしょう。今日来ると言っておいたはずですが?」


「むう、そうだったな……エクレア君、席を外しなさい……」

「はい……失礼します……」


 そそくさと部屋を出ていくエクレアの姿を、レイが目で追う。

 その隣には、机の上にあるクッキーをじっと眺めている女が立っている。かなりいい女だ。こいつがレイの妹だろう。


(奴の目の前で妹を辱めてやったら、さぞかし愉快だろうな!)


「では話を始めましょうか。――ところで、よだれが垂れてますよ」


 ゲラシウスは慌ててハンカチで、口をぬぐった。



     *     *     *



 俺はジェイラン・ラペルト伯爵の館に招かれていた。

 再度依頼の申し出があったのだ。しかも俺達だけにだ。

 銅級ギルドのみに依頼するのは、これが初めてらしい。それだけ前回の仕事が評価されたという事だろう。


 館では丁度パーティーの真っ最中だったのだが、先日の礼も兼ねてという事で、俺達も参加させられる。

 俺はこの手のものが苦手なので、依頼内容だけ確認してさっさと帰りたかったのだが、食べ物から目を離せなくなっているアリスを見て、参加せざるを得なくなった。


 ドレスに着替えたアリスは妖艶な美しさを放っていた。

 今も貴族の男達数人に囲まれ声を掛けられているが、完全に無視して一心不乱にデザートを食べている。


 使用人がアリスにカクテルを差し出した。

 彼女は手を伸ばしたが、俺の顔を見てすぐに引っ込める。


(ふふっ、偉いぞアリス)


 酒は絶対飲むなと言ってある。

 アリスは酔っ払うと変な物に擬態してしまうのだ。


 二人でバーに行った時、大きな栗になった事がある。

 俺がトイレに行っている間に、カクテルを飲んでしまったのだ。

 栗になったアリスを抱えて慌てて家に帰ったが、あれは本当にやばかった。



「――なるほど、それは大事件ですね」

「うむ、君達には彼等の足取りを追ってもらいたいと思っている」


「かしこまりました。必ずやラペルト卿のご期待に応えてみせます」


 また捜索だ。だが今回は今までと様相が違う。かなりきな臭いものを感じる。


 銀級魔術師ギルド【知恵の探究者】に、ナトト村の村長から野盗を退治して欲しいという依頼があった。

【知恵の探究者】は六名の魔術師を送り込んだが、誰一人帰ってこなかった。


 その為、ナトト村は再度別の銀級魔術師ギルド【栄光への階段】に同じ依頼を申し込んだのだが、これも行方不明になって終わる。


 この話を聞いたラペルト伯は、野盗の潜伏先と思われるダルシャサリア廃坑に百名の兵士を送り込んだが、これも消息がつかめなくなってしまった。

 魔術師だけであれば返り討ちにあったのだろうと思えるが、さすがに百人の兵士がいなくなるのはおかしい。絶対に何かある。


 ラペルト伯は、その調査を俺に依頼したという訳だ。



「ラペルト卿、これは一体どういう事でございましょうか!?」


 正装に身を包んだゲラシウスが、俺とラペルト伯の間に割り込んだ。

 こいつがパーティーに参加しているとは知らなかった。知っていたら当然参加していない。


「何か問題かね? ゴルディーニギルド長」

「銅級ギルドに依頼するなど前代未聞です! どうか考えを改めていただきたい!」


「……ギルドランクよりも大事なのは実力だよ、ゲラシウス。彼は猛吹雪の中ジョシュアを救出したのだ。彼より優れた魔術師がいるだろうか? いや、いるはずがない」

「わははは! その男は初級魔法二つしか使えませんぞ!」


「息子の命の恩人を愚弄するなあああああ!!」

「ひいいいいい!!」


 ゲラシウスは尻もちをつき、全員が一斉に彼を見る。

 そして静まり返った会場に、次第に嘲笑が巻き起こり始めた。


「君は本当に人を見る眼が無い男だ……気の毒になってくる」

「あひ……あひ……」


 ラペルト伯の冷たい眼に気圧され、ゲラシウスが尻もちをついたまま、ずりずりと後ろに下がる。


 そして、テーブルにぶつかり、彼の頭にワインがこぼれた。

 それを見たパーティー客から、どっと大きな笑いが起きる。


「ゲラシウス……君の御父上には、昔よく世話になった。それに免じて、今回特別に君のギルドにも参加を許そう。それで何も文句はあるまい?」

「は、はひ……」


「パラッシュ殿もそれで良いですかな?」

「ええ、構いません」


 こうして俺は、【高潔なる導き手】と共同して調査に当たる事になった。

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