第15話 とあるヒーラーの悲劇

  雷神ヴァルフレードは焦っていた。

 レイより先に手柄をあげないと、確実にエース降格だ。

 夜が明けるのを待っていられず、夜中にデポルカの街を出発した。


「あの、ヴァルフレード君、何で森に入るの?」

「てめえは本当に馬鹿だなノエミ! 道を通ってたら遠回りになるだろうがよ! 地図を見てみろ! 森を抜けるのが、どう見ても最短距離だろ!?」


「で、でも……こんなに真っ暗だと、モンスターがいても分からないよ……?」

「<照明ミレッテ>と<生命探知ポーウイ>で分かんだろ! 何だ? この俺様にたてつこうってのか!」


「ご、ごめんなさい……」

「チッ!」


 これだからノームは嫌なんだ。人間に比べて知能が低すぎる。地図を読むことすりゃできやしねえ。ヴァルフレードは唾を吐き捨てる。


「ヴァルフレード、俺の<生命探知ポーウイ>に何か引っ掛かった。こっちに向かってきてるぞ」

「うっし! モンスターのお出ましか! 野郎ども返り討ちにするぞ!」



 ヴァルフレードに襲い掛かって来たのは、マイコニドに寄生された猿の群れだった。


 暗闇の中での素早い猿の動きに翻弄され、何発も無駄な魔法を撃つ。

 とは言え、しょせんはただの猿。盾役のサンドロの<魔力の壁イレイガン>を破る事はできない。

 壁に弾かれ倒れた猿を、一匹ずつ確実に仕留め、無傷で勝利する事ができた。


「こんなところにも、マイコニドがいるなんて……」

「ああん? 最近よく出るって話だろ?」


「そうだけど……今までこんな事なかったよ?」

「あー、ごちゃごちゃうるせえ! 行くぞ!」



 ヴァルフレード達はその後も続けて二度、マイコニドに襲われた。

 狐や鹿など、それほど脅威ではない動物ばかりだったので簡単に倒せたが、MPは浪費する。


「もうMPが少ない。ここで自然回復を待った方がいいんじゃないのか?」

「どうっすかねー? ここにいるのは危ないかもしんないっすよ?」

「僕もそう思うな。安全な場所で自然回復をした方が――」

「うるせえ! レイに先を越される訳にはいかねえんだ! このまま進むぞ! MPが切れたらマジックポーションを使え!」


 ヴァルフレードは、ゴミカス相手にも決して油断しない、自分の賢明さに酔いしれながら、ずんずんと森を進む。


「ブモオオオオオオオオオ!!」


 巨大な茶色い塊が、ヴァルフレード達を弾き飛ばした。

 暗闇からの不意打ちだった為、<魔力の壁イレイガン>が間に合わなかったのだ。


「うごお! ――クソッ! イノシシだ! <雷撃イドラス>」


 地面に這いつくばったまま、ヴァルフレードは手から雷を放つ。

 バチンッ! 雷は確実に大イノシシに直撃したが、奴は平然と突進の構えをとっている。


「サンドロ! 早くしろ!」


――魔力の壁が張られない。サンドロは何をしている?

 ヴァルフレードが辺りを見回すと、仰向けに倒れているサンドロが見えた。どうやら気を失っているようだ。


「ノエミ! さっさとサンドロを治せ!」


 ノエミは脇腹からドクドクと血を流しており、それを治療していた。


「先にサンドロを治せ、馬鹿野郎!」

「――ヴァルフレード、来るぞ!」

「クソォ!」


 イノシシの突進を横に転がってかわす。

――が、完全には回避できず、左腕を踏みつけられた。ボキッと骨が折れる音がする。


「うがああ! ノエミ! 俺の腕を治してくれ!」


 この激しい痛みには耐えられない。サンドロは後回しだ。


「で、でも……」

「ノエミ! 俺も牙で足をやられた! かなり出血してる! マジでヤバい! 俺から治してくれ!」

「馬鹿野郎! リーダーの俺優先だ!」


 大イノシシは前脚で地面を引っかいている。次の突進がくる。


「ノエミイイイ! 早くしやがれええ!」

「ごめんなさい!」


 ノエミはヴァルフレードの命令に逆らい、サンドロを治療した。

 イノシシが突っ込んでくる。


「うわあああああ!」

「サンドロ君! 壁を!」

「――う? い、<魔力の壁イレイガン>」


 イノシシの突進は魔法の障壁によって阻まれた。

 壁に激突したイノシシは、ふらふらと足がおぼつかなくなっている。


「今がチャンスだよ!」

「<雷撃イドラス>」

「<火炎放射メギナル>」


 イノシシはまだ倒れない。だが、弱っているのは分かる。


「駄目だ、俺はMPが切れた! ちくしょう! 血が止まんねえ!」

「待って、すぐに治すから!」

「ノエミィ! 俺が先だって言ってんだろうがぁ!」

「イノシシが頭突きしてきてるっす! マズイ、壁が破られるっす!」


 ノエミは結局、バルトロメオの足を治し始めた。

 ヴァルフレードがそれに怒声を浴びせている間に、サンドロの壁が破壊される。


「ひ、ひいいいい! ヴァルフレードさん、今はこいつを何とかしてくださいよぉ!」

「うるせえ! ノエミ、覚悟しとけよ! <電撃イドラ>」


 イノシシは倒れたが、まだ死んではいない。起き上がろうともがいている。


「バルトロメオ君、今なら頭のマイコニドを狙える! <火線メギナ>で燃やして!」

「てめえ! 勝手に指図してんじゃねえぞ!」


 バルトロメオはマジックポーションを口にし、倒れているイノシシの頭を燃やした。

 イノシシは大人しくなり、そのまま死んだ。



「ノエミイイイイイ!」

「あぐっ!」


 ヴァルフレードに左頬を殴られ、ノエミは地面を転がった。


「何で、俺を治さなかった!?」

「だ、だって、うぐっ! そうしないと、げふっ! お願い、お腹蹴らないで……」


「リーダーの命令に従わねえ奴はリンチだ! お前等もやれ!」

「分かった」

「うっす!」


 バルトロメオとサンドロもノエミを蹴る。


「がはっ! ごめんなさいごめんなさい! ごはっ! お願いだからもうやめて、死んじゃう!」

「俺が! 受けた! 痛みは! こんなもんじゃ! ねえぞ!」

「お、ヴァルフレードさん、血吐いてますぜ?」


「まだだ! こっちは死にかけたんだぞ!」


 吐血した後も蹴り続けられ、ノエミは失禁して気を失った。

 それをヴァルフレードの<電撃イドラ>で無理矢理起こされ、顔が腫れるまで殴られる。


 バルトロメオとサンドロも、それを止める事はしない。

 ヴァルフレードの命令に逆らえないのはもちろん、他にも理由がある。


 ノエミはノームという回復魔法に秀でた種族で、銀色のアゴまで伸びた髪と、垂れた長い耳、橙色のビー玉のような眼を持つ。

 非常に小柄な体格で、十代前半の少女にしか見えない。


 ノームは男しか戦う事を許されない種族なので、ノエミは男性のはずなのだが、女っぽい仕草をする事があり、気色悪がられていた。


 だが一番の理由は、レイの悪口を言わない事だろう。むしろ奴を認めるような発言をする事すらある。その事に彼等は怒りを募らせていたのだ。



「まあ、こんなもんでいいだろ……よく覚えとけノエミ。俺様の命令に逆らうんじゃねえ。いいな?」

「あう……あう……」


 顔がパンパンに腫れているので、ノエミはうまく喋る事ができない。

 それが何だか滑稽で、三人は大笑いしてしまった。


「ったく気持ちわりい奴だな……先に言っておくけど、お前報酬なしだからな?」

「そんあ……この前も、なかっあのに……」


「そりゃそうだろ! 前回は誰も怪我しなかったから、お前の出番まったくなかっただろうが!」

「うう……僕……お金ないです……少しでいいから……あぐっ!」


 ヴァルフレードに腹を蹴られ、ノエミは体を丸めた。


「うしゃしゃ! まるでイモムシみてえだな!」


 三人は蔑むように笑う。

 ここ最近ゲラシウスに叱られてばかりで、溜まりに溜まっていた鬱憤も少しは晴れた。


「あうう……<治癒ティル>……うう……MPが……すみません、マジックポーションを……」

「駄目に決まってんだろ! お前に飲ませる分なんてねえんだよ!」


 ノエミはMP18が溜まるまで、放置された。

 その間、彼は血と涙を流し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る