第16話 絶望
「――ったく、お前のせいでだいぶ遅れてんだから、もっと早く歩け!」
「ごめんなさいごめんなさい……」
ノエミは子供と変わらない体格なのに、全員分の荷物を持たされている。
彼の目は、もう死人のようだ。完全に恐怖と惨めさに支配されてしまったのだろう。
ヴァルフレード一行は、予定より数時間遅れてダルシャサリア廃坑に到着した。
しかも何度も戦闘を繰り返したので、マジックポーションも使い切ってしまっている。
普通に道を通って来た方が良かったのは間違いないが、誰もそれを口にする事はない。
「ヴァルフレード、さっきの戦闘でMPが残り半分しかない。完全回復するまで待たないか?」
「俺も半分切ってるっす」
「駄目だ、レイのゴミカスやろうに追い抜かれちまう。このまま進むぞ」
野盗ごときに、MP満タンである必要は無い。
何せヴァルフレード、バルトロメオ、サンドロの三人は、【高潔なる導き手】の中でも屈指の対人戦のスペシャリストなのだ。
魔術師ギルドに持ち込まれる依頼は、大半がモンスター退治だ。
野盗や山賊退治は基本兵士たちの仕事なので、魔術師は対人戦未経験の者がほとんどである。
だがなんと、ヴァルフレードは四人、バルトロメオは二人、サンドロは一人の野盗を殺した経験を持つ。
これは彼等の自慢であり、酒を飲めばいつもこの話を得意気に語りだす。
その野盗たちが、実はただの飢えた農民だった事は隠してだ。
「よっしゃあ! 行くぞ、お前ら!」
「待て、正面から行くのか? 百人の兵士が行方不明になってるんだろ?」
「そうは言っても、ここしか入口がねえだろうが!」
「確かに。鉱山ですもんね」
「だろ? ――ノエミ、灯りが消えたぞ!」
「はい……<
光の球が宙をただよい、辺りを照らす。
彼等はその光を頼りに奥へと進む。
「野盗って何人くらいいるんすかね?」
「ああん? 十人くらいじゃねえのか?」
「もっと多いんじゃないのか?」
「別に何人いても変わんねえよ。まとめて魔法で殺せばいいだけだろ? むしろ多い方が、箔が付くってもんだぜ」
「確かに。やっぱ二桁はいきたいっすよね」
「だろだろ? お前は話しが分かるなー、サンドロ」
ヴァルフレードは上機嫌にサンドロの肩に手を回す。
――ガシャン!
「いってえええ!」
ヴァルフレードの足にトラバサミが食い込む。
「ぐわああああ! 早く外してくれえええ!」
バルトロメオとサンドロが慌ててトラバサミを解除し、ノエミが治療する。
「大丈夫か、ヴァルフレード?」
「大丈夫な訳ねえだろ! ――ノエミ、先頭を歩け!」
「そ、そんな……」
「いいからさっさと行け!」
ヴァルフレードはノエミを突き飛ばし、一番前に立たせる。
「――早く行けよ!」
「はい……」
ノエミは地面をじっくりと見ながら慎重に進み、二つのトラバサミを見つけた。
「野盗どもめ、随分とトラップを仕掛けてくれたじゃね――んお!?」
ヴァルフレードは足元に張られたロープにつまずいてしまう。
――ヒュンッ!
「あうっ!」
ノエミがその場に倒れ込む。
彼の足にクロスボウの矢が刺さっていた。
「うお! こんな罠まで仕掛けてやがんのかよ! 危ねえとこだったぜ!」
「気を付けて下さいよ、ヴァルフレードさーん。俺に刺さったらどうすんすかー?」
「刺さったのがノエミで良かったな」
「ううう……」
ノエミを助けようとする者は一人もいない。
彼は自分で矢を抜き、治療をおこなった。
「今のでMPが尽きちゃった……これ以上進むのは危険だよ……?」
「黙って進め! もたもたしてたら、レイに先を越されちまうだろうが!」
「やだ、怖いよ……」
「<
ヴァルフレードの指先から小さな稲妻が放たれる。
「うわああああ!」
ノエミは再び失禁した。
それを見て、三人が呆れたように笑う。
「また漏らしてんのかおめえは。本当気持ちわりい奴だなー。――ほれ、早く立て!」
バルトロメオとサンドロが、無理矢理ノエミを立たせる。
「もう嫌だ、辞めたいよ……」
「はいはい、依頼が終わったら辞めさせてやっから、さっさと歩け。ちなみに他のギルドには入れねえからな。覚悟しとけよ? うしゃしゃしゃ!」
ノエミは涙を流しながら、狭い通路を進む。
罠を恐れているのだろう。その進みは非常に遅い。その事にヴァルフレードはイライラしてくる。
「何をチンタラやってんだ!」
ヴァルフレードはノエミの背中を蹴り飛ばした。
「あっ――」
ノエミの姿が消える。
突き飛ばされた先には落とし穴があり、そこに落ちてしまったのだ。
「ヴァルフレードさんん!?」
「やべっ! 死んだか?」
三人は落とし穴の中をのぞき込む。
「うああああ……!」
手や足を鋭利な木に貫かれ、痛みにもだえているノエミの姿が見えた。
かなり深い穴だが、光の球が彼のすぐそばに浮いているので、はっきりと分かる。
「何とか生きてるようだな。どうする?」
「ロープもないし、ここから引っ張り上げるのは難しいっすよ?」
「じゃあ、先に野盗を片付けちまおう。奴等を殺すのにヒーラーは必要ねえから、別にいいだろ?」
「賛成だ」
「そうっすね。そうしましょう」
ヴァルフレードは穴の底に向けて声を張り上げる。
「おーい、ノエミー! 後で助けてやるから、しばらく待ってろやー! 忘れてたらゴメンなー!」
三人は大笑いする。
「ううう! 痛いよー! 助けてよー!」
泣き叫ぶノエミを無視して、ヴァルフレードは奥に進む。
今度の先頭はサンドロである。四人には明確な序列があるのだ。
サンドロはノエミに悪態をつきながら、一度もトラップに引っ掛からずに奥までたどり着いた。
「すげえじゃねえか、サンドロ! 大したもんだぜ!」
「もう……ちゃんと、報酬上乗せしてくださいよ?」
「おう、任せとけ! ――さて、この扉の奥に奴等がいるようだぜ。お前たち、準備はいいか?」
「問題無い」
「おっけーっす」
「――よし! いくぞ!」
ヴァルフレードはドアを蹴破り、扉の中へと突入する。
――が、誰もいなかった。
「なんだ、まだ奥に続いてんのか?」
かなり大きな空間だ。館の大広間のような広さと高さがある。
ヴァルフレードは周囲に気を配りながら、奥へと進んで行く。
そして、ちょうど部屋の真ん中辺りに差しかかった時、二階の通路から大勢の兵士が姿を現した。
「ヴァルフレード!? 野盗じゃないぞ!?」
「クソッ! 相手がなんであろうと、やるしかねえ! バルトロメオは俺と合成魔法! サンドロは壁を張れ!」
「了解っす! <
ヴァルフレードはバルトロメオと手をつなぐ。
「<
稲妻が放射線に広がり、兵士達を襲った。
しかし、魔力の壁にあっさりと防がれてしまう。
「何だと!? 野盗に魔術師がいんのか!?」
「――矢が来るぞ!」
矢の雨がヴァルフリード達に降り注がれる。
「やばいっす! やばいっす! 百人くらいに撃たれてるっす! MP少ないから、すぐに破られるっす!」
「ちくしょう! バルトロメオ、いくぞ!」
「おう!」
「<
サンドロの壁が破られたと同時に、極太の雷がいくつもの細い稲妻に枝分かれし、兵士達を飲み込む。部屋は真っ白に輝いた。
――が、ヴァルフレードの最強魔法は、またしても魔力の壁に阻まれていた。
「どうしてだ!? 俺の魔法に耐えられる訳がねえ!」
「――あ、あれを!」
兵士たちの後ろには、十人を超える魔術師達がいた。
恐らく、数人がかりで壁を張っていたのだろう。
「もう無理っす! 逃げましょう!」
「待て、俺も逃げる!」
二人は来た道に向かって駆けて行く。
「おい! エースから降ろされんだろうが! ――ちくしょう!」
さすがに一人ではどうする事もできない。
ヴァルフレードも、全力で逃げる。
「クソッ! 追ってきやがった!」
後ろを振り返ると、兵士たちが一階に飛び降りているのが見える。
このままでは、逃げるのが一番遅かった自分が捕まってしまう。――そうだ!
「<
「ぎゃああああ!」
電撃を浴びせられ、サンドロが地面をのたうち回る。
「恨むなよ、サンドロ!」
「てめえええ! この野郎おおお!」
これで多少時間は稼げたはず。
それでもヤバそうだったら、次はバルトロメオだ。
しかし、無事逃げ帰ったとして、言い訳はどうするか。
あれだけの数だ。レイも当然依頼は達成できない。
お互いに失敗なのであれば、再チャレンジすればいいだけの事。それ程ペナルティはないだろう。
もし責めらるようであれば、全部ノエミのせいにしてしまえばいい。だいぶペナルティを軽減できるはず。
いや、もしかしたら同情を買い、点数アップの可能性すらある。
ヴァルフレードは自分の智謀に酔いしれる。
――ガシャン!
「ぐわあああああ!」
トラバサミの歯が肉に食い込み、骨まで達しているのが分かる。
「バルトロメオオオオオオ! 助けてくれええええ!」
バルトロメオは振り返る事すらせずに、走り去っていった。
「ちくしょおおおおお!」
後ろを振り返ったヴァルフレードの目に映ったのは、こん棒を振り上げた兵士の姿だった。
* * *
ヴァルフレードは目を覚ました。
「――どこだここは!?」
台の上に仰向けで寝かされ、手と足をロープで拘束されている。
周囲を見ると、彼と同じように縛られたサンドロとバルトロメオの姿があった。
「ひい! やだ! やめてくれええええ! ――あががががが!」
一人の兵士が後ろからサンドロの頭をつかみ、二人の兵士が無理矢理口を開けさせた。
そして頭をつかんだ兵士の口から、何かねっとりとした粘液のような物が吐き出され、サンドロの口の中に入れられる。
「オゴゴゴゴゴ……!」
「てめえら! 一体何してんだ!?」
兵士達はヴァルフレードの問いかけには一切答えようとせず、バルトロメオの台へと移動する。
「やめろ! <
しかし、何も起こらない。バルトロメオのMPはまだ残っているはずなのだが。
「俺がやってやる! <
魔法は発動しなかった。
「ちくしょう! 何でだ!?」
「――腕を見てごらんなさい」
褐色の肌の魔術師が、闇の中から姿を現した。
ヴァルフレードは腕を見る。妙な腕輪が嵌められていた。
「その腕輪は武術大会に用いられるものでね。魔力を封じ込める力があるのですよ」
「おいてめえ! 俺に何するつもりだ! 俺は【高潔なる導き手】のエース、ヴァルフレード様だぞ! 分かってんか!?」
「あなたにマイコニドの菌を植え付け、我が兵となってもらいます。エースであるなら、存分に活躍できる事でしょう」
「何だと!? ――ま、待て! 金ならある! 頼むから、それだけは勘弁してくれ!」
「私は仕事でやっているのです。金ではなびきませんよ」
「分かった! 俺はあんたの配下になる! だからマイコニドを植え付けるのはやめてくれ!」
「そうはまいりません。私は真面目な性格なものですから。ふふふ……」
兵士たちがヴァルフレードの頭をつかむ。
「お願いだ! やめてくれええええええええ!」
廃坑の奥にヴァルフレードの声が響き渡った。
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