第9話 ポテンシャル
「――ロビンソンがデブで助かった」
俺はロビンソンの足跡を追っている。
あいつは身長が低いので足も小さい。面積当たりの重量が大きいので、他の三人よりも足跡が残りやすいのだ。
「迷っている感じがまったくないな……」
犬がすぐにトレントの臭いを嗅ぎ取ったのだろう。
という事は、森に入ってすぐに戦闘があったという事になる。そこにエクレアたちの死体があるかもしれない。
そのまままっすぐ進むと、戦闘の形跡が残る場所に出た。人間の死体はなかったが、トレンントの死骸が倒れている。
「嫌な予感が当たった。やはり火炎魔法を使っている……!」
トレントの表皮には焼けた跡があった。
しかも脳ではなく、胴体の中心を狙っている。
耐性も弱点もまったく分かっていない。
こんな戦い方をしていれば、MPはすぐに底を尽いてしまう。
「しかも、ここで飲食しているぞ……」
トレントを焼き殺した場所で、休むなど愚かにもほどがある。
案の定、西に向かって走り出した痕跡があった。不意打ちを受けて逃げ出したのだろう。
「この足跡をトラッキングする。いくぞアリス――どうした?」
アリスは少し離れた所にある一本の木を指差している。
「まさかトレントを見分けられるのか……?」
俺は目をこらし、その木をじっくりと見る。
――独特の節のある枝、下部にあるウロに見える口。間違いない、トレントだ。
このまま放置しておけば、木こりが襲われる恐れがある。
タダ働きにはなってしまうが、見つけた以上放ってはおけない。
「さて、どうやって倒すか……」
俺の<
腰に吊るした小さな手斧で、あの固い外殻を叩き割るのは不可能だ。
「持ち上げて、何度も叩きつけるしかないか……」
その時、アリスが手のひらをトレントに向けた。
――バシュッ!
白い魔法の矢がトレントに直撃する。
「――アリス!? 何をやっている!?」
トレントはダメージを受けた様子がない。
奴はこちらに気付いたようで、ゆっくりと向かってきた。
「アリス、お前魔法が使えるのか……! ちょっと見せてみろ!」
俺はアリスの手を取り、彼女の魔力を読み取る。
MP………………0/1
習得魔法………
習得スキル…【無詠唱】 詠唱無しで魔法発動
【ラーニング】 受けた魔法を習得
【完全連続魔法】 クールタイムゼロ
「【ラーニング】……そうか! 魔術師達に食らった魔法を使ったのか! しかし、最大MPが1だけとはな……」
つまり1ダメージの<
「だが、がっかりするのはまだ早い! 【完全連続魔法】と<
俺はもう一度、アリスの手をしっかりと握り直し、思いを込める。
「アリス、もう一回やってみるんだ! いくぞ! <
――バシュシュシュシュッ!
魔法の矢がトレントに連射される。
「いいぞ! 幹ではなく、ウロの上を狙え!」
アリスは腕をわずかに下ろす。
――バシュシュシュシュッ!
たった1ダメージの魔法の矢だが、少しずつトレントの外殻を削っていく。
ズドォォォォォン!
奴が倒れた。ついに心臓を捉えたようだ。
「やったぞアリス! 凄いぞお前は! 俺よりもよっぽど優秀な魔術師だ!」
俺は心底嬉しくなり、アリスを抱きしめ頭を撫でた。
彼女は無表情で俺をじっと見上げているだけだが、この喜びはきっと伝わっているはず。
「俺達が組めば、無敵かもしれないぞ! お前は今日から俺の相棒だ!」
無属性魔法である<
つまり、どんなモンスターでも倒せるという事だ。
俺は何か可能性が広がるのを感じながら、ロビンソンの足跡をたどり始めた。
* * *
異臭と大量のハエの羽音。――死骸が近くにある。
俺は覚悟を決めて、その場所へと近づいた。
「これは……!」
バラバラになった人間の死体がある。……頭部と一部の内臓、あとは骨しか残っていない。
トレントの仕業でない事は一目で分かる。
肉を解体、調理した形跡があるからだ。
これではっきりと分かった。
四人が戻って来られなかったのは、トレントに全滅させられたからではなく、遭難したからだ。
「女物のローブと下着がある……エクレアか……?」
俺は切り裂かれたローブの近くに落ちていたプレートを拾う。
「グレタか……可哀そうに……お前の仇はとってやる」
遭難時に人肉を食べてしまうのは責められない。生きる為には仕方ない事だ。
だが、殺して食ったとなれば話は別だ。
現場の状況から見て、彼女は明らかに暴行を受けてから殺されている。絶対に許す事はできない。
「埋葬してやりたいが、今は時間が惜しい。後で必ず迎えに来てやるからな……」
暴行、殺害、解体、調理、全てを一人でやる事は不可能だ。
男二人は黒と判断していいだろう。
エクレアは現時点では不明だが、白と想定した場合、非常に危険な状態にある。
すでに殺されているかもしれないが、急いだ方がいいのは間違いない。
「あまり見てやるな、アリス……」
俺はグレタの亡骸をじっと見ているアリスの肩を抱き、その場を離れる。
追跡を再開し、しばらく進むと、小さな沢にたどり着いた。
「長期間滞在した跡があるな。つい最近までいたようだ……」
俺は焚火の跡や、排泄物の状態から、二日前まで居たと推測した。
辺りに散らばっている骨は、人骨と犬のものが混じっている。
「争った形跡はあるが、殺し合いには発展していないようだ。――先を急ごう」
俺達は携帯食料を摂取し、水を飲みながらロビンソンの足跡を追跡する。
方向が一定していないのは、方位磁針を失っているからだろう。
「一個しか持って来なかったという事か……」
方角を知る事はサバイバルの基本だ。最低一人一個は持っていなくてはいけないのだが……。
おかげで同じ場所をぐるぐると歩かされ、イライラとしてくる。
火炎魔法を使えるのだから、のろしを上げてくれれば、すぐに救助に行けるのに。
ブツブツと文句を言いながら早足で進み、ようやく野営した跡を見つけた。
また骨が落ちている。しかもかなりの量だ。自制心を完全に失ってしまったのだろう。
「見た感じ、一日前にここに居たようだ。大分近づいてるぞ。行こう」
俺達は一切休まずにトラッキングを再開する。
アリスはスライムの為か、疲労はないようだ。淡々と俺の後をついて来る。
正直エース三人より、よほど歩ける。
今思うと、何がエースなんだか……。知識も経験も明らかに足りていない。恐らく上級魔法が使えるからというだけで選ばれたのだろう。
特にひどいのはエクレアだ。あいつは魔法学院を卒業したばかりなのに、エースの座に就いてしまった。
他のメンバーから「ゲラシウスに股を開いてエースになった」と陰口を叩かれていたが、そう思われるのも当然である。
彼女は経験不足なのはもちろん、魔法以外の事がからっきしだった。正直オツムは弱いと言っていいだろう。
おかげで俺は、いつもおもりをしなくてはいけなかった。そうしないと、何も分かっていないあいつは、すぐに死んでしまう。
「――む、またか」
やかましいほどの蠅の音だ。
近づくと、焚火跡の近くに死体が転がっているのが見えた。
食われた形跡は無く、殺されただけのようだ。刃物で滅多刺しにされている。
俺は首から下げられたプレートを見る。
「ギシュール……確か火炎魔法使いだったな」
一緒のパーティーになった事はあるが、お互い話かける事はなかった。
「――ん、あれは?」
俺は地面に落ちている一冊の本を見つけ、ページを開く。
それは日記だった。
「一日目……アタシ達は……」
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