第6話 ジャッジメントミス

「<火炎放射メギナル>」「<範囲拡大ヘイボル>」


 エクレアとグレタの合成魔法が、彼女達を囲んでいたトレントを薙ぎ払う。


「はあはあ……今度こそやったわね?」


――炎が消える。


「ウソ……!?」


 何発も火炎魔法を食らわせたのに、トレント達はまだ立っていた。


「枝をしならせてる! 攻撃が来るぞ!」

「<魔力の壁イレイガン>」


 ロビンソンが張った魔法の障壁で、トレントの攻撃をなんとか防ぐ。

 彼のMPを考えると、もってあと数発といったところか。


「<火炎放射メギナル>」

「<火炎放射メギナル>」

「<火炎放射メギナル>」


 エクレア、ギシュール、グレタの杖から炎が伸び、一体のトレントを焼く。ようやく一匹倒した。

 しかし、二体のトレントの反撃で、ロビンソンの<魔力の壁イレイガン>が破られる。


「ぶひぃ! 破られました! 早く倒してください!」

「ほんと使えないブタね! <火炎放射メギナル>」

「<火線メギナ>」「<連続魔法ジアダ>」


 ギシュールとグレタは<火炎放射メギナル>を唱えるだけのMPがなくなったので、初級火炎魔法を連続で放ち、ダメージを稼ぐ。

 その作戦はうまくいき、二匹目のトレントを倒した。


「ぶひぃっ!」


 トレントの攻撃を食らい、ロビンソンが吹き飛ばされた。

 エクレアとほぼ変わらない身長でありながら、彼女の倍以上の体重がある彼は、まさに玉のようにゴロゴロと地面を転がる。


「<火炎放射メギナル>」


 もはやMPが残っているのはエクレアだけ。

 最後の魔力を振り絞った<火炎放射メギナル>は、幸運にもトレントを焼き殺せた。


 四人はその場に座り込み、ぜいぜいと息を荒げる。


「ブタ! アタシにマジックポーション取って!」

「いいんですか? 四本しかないんですよ?」


「仕方ないでしょ! 今襲われたら、まったく反撃できないじゃない!」

「ぶひぃ! すみません!」


 ロビンソンは背負っていたバックパックからマジックポーションを取り出し、エクレアに手渡した。


――荷物は全部こいつに持たせている。

 このデブときたら体重はあるくせに、ゴミカスレイの一割程度の荷物しか持てない。

 携帯食料と飲み水三日分、マジックポーション四本、それに地図と磁石、寝袋。

 たったこれだけなのに「ぶひぃ……ぶひぃ……」と辛そうに歩いている。本当、情けない。

 レイは山のような荷物を抱えながら、サクサク先頭を歩いていたのに。

 あんなゴミカスより、さらにカスがいるとは思わなかった。


「――これ、不味いのよ!」


 イライラしてきたエクレアは、空きビンを岩に投げ付け叩き割った。


「あ、エクレア! 空きビンは大切にした方がいいって講師が言ってたわ。水入れられんのよ?」

「うっさいわよ! 一日で終わらせるんだから、別にいいでしょ!?」


「はいはい……分かったわよ」


 エースである自分に、知識マウントを取ろうとするなんて許せない!

 サバイバル教習を一回受けたくらいで、上に立てると思ってんじゃないわよ!

 エクレアのイライラはさらに高まる。


 先週、副ギルド長グスターボの知人であるレンジャーが、ギルドメンバーに地図の読み方や、方位磁針を使わずに方角を調べる方法などを講義したらしい。

 エクレアを含めて大半のメンバーは依頼中だったので、講義を受けられたのは一部のメンバーだけだった。グレタはその数少ない中の一人である。



「エクレア、MPが回復するまで、休憩でいいか?」

「そうね。うかつに動くと危険そうだし、ここで休みましょ」


 四人はトレントの死体に囲まれながら、水と携帯食料を摂取し始めた。

 グレタは自分の分を、犬に少し分け与えている。

 この犬は、トレントを見つける為に連れてきた犬だ。

 ぱっと見、木でしかないトレントを、視覚だけで発見するのは不可能に近い。


「ねえ、トレントって本当に炎に弱いの?」

「アンタ馬鹿? 木が炎に弱いのは当然じゃない」

「俺もそうは思っているんだが、実際あんまり効いてない感じがするんだよな」

「ぶひぃ! <火炎放射メギナル>一発で倒せないですもんね!」


「それはアンタ達の魔力が低いからでしょ!」

「いや、お前の<火炎放射メギナル>にも耐えてただろ!? 馬鹿かお前!?」


「ギシュール、アンタ殺すわよ……!」

「わりぃわりぃ……」


「こういう時レイのゴミクズ野郎は、弱点を偉そうに教えてきたのよね……! いっつもアタシに知識マウント取ろうとすんのよ、アイツ!」

「ははは! あのウジムシ、お前の事が好きなんじゃねーの?」


「多分そうだわ! アイツ、やたらアタシのパーティーに入ろうとするの! 『お前のパーティー構成はバランスが悪すぎる。俺が一から編成する』って言って、結局自分が入って来るのよ! キモすぎるわ!」

「ぶひひひひ! 俺もやられた事あります。あのゴミムシは、やたらとパーティー編成に口出してましたよね」


「本当、身の程を知れって思うわ。でも、なんか最近依頼達成率が下がってんのよね。何でかしら?」

「たまたまじゃない? 難しい依頼が続いたんでしょ」


「そうよね――」


「ワンワン!」とグレタの犬が、けたたましく吠える。

 お喋りにかまけていた四人は、三体のトレントが接近していた事に気付かなかった。


「やばいぞ! まだMPが全然回復してねえ!」

「もうしょうがない! マジックポーションを飲みなさいよ! <獄炎メギナード>」


 エクレアの杖から放たれる地獄の炎が、トレントを焼き尽くす。

 さすがに最強火炎魔法には耐えられないようだ。

 三人はエクレアが戦っている間に、マジックポーションを飲む。


「攻撃がくるわ!」

「ぶひぃ! 任せてください! <魔力の壁イレイガン>」


 魔法の障壁がトレントの枝鞭から四人を守る。


「<火炎放射メギナル>」「<連続魔法ジアダ>」

「<火炎放射メギナル>」


 さらに一体のトレントを倒す。

 反撃をロビンソンの壁で防ぐと、三人は<火炎放射メギナル>の一斉発射で最後の一体を倒した。


「はあはあ……またMPが無くなったわ」

「トレントって待ち伏せ型じゃないのかよ?」


 トレントが自ら獲物に向かってくるなど、聞いたことが無い。


「ウー……! ワンワン!」


――再び犬が吠えた。


「嘘でしょ!? ――逃げるわよ!」


 四人は最も機敏なグレタを先頭に、全力で森を突き進む。


「お願い……来ないで……!」


 エクレアは生まれて初めて、死の恐怖を味わう。

 なぜ自分達は、こんなに追い詰められてしまったのだろう?


「ぷぎいいいい!」


 一番後ろを走っていたロビンソンが、トレントの枝に絡めとられる。


「ロビンソン!? クソッ! <空刃セルパ>」


 ギシュールが放った真空の刃が、トレントの枝を切断した。

 地面に落ちたロビンソンは、必死にブヒブヒと走る。


「早くしろ! トレントはそんなに足は速くない!」


 四人はとにかくガムシャラに走った。

 一体どれくらい走ったのだろうか。彼女達はいつの間にか、小さな沢に辿り着いていた。


「はあはあ……ここまで来れば……安全……でしょ……」


 全員汗まみれになりながら、その場にへたり込む。


「お水ちょうだい……」

「はい……」


 ロビンソンはバックパックから水を取り出そうとする。


「ぶひぃ!? そ、そんな!」

「な、何よ?」


「さっき捕まった時にサイドポケットが破られたみたいで、地図と磁石がなくなってます……」

「はぁ!? ざっけんじゃないわよ、このブタ!」


 バッチーン!


「ぶひいい!」


 エクレアはロビンソンに全力のビンタを浴びせた。


「どうすんのよ!? これじゃ依頼を達成できないじゃない!」

「ずびばぜん……」


「エクレア、もう依頼どころじゃないって。ここから生きて帰る事を考えないと」

「そうだな。食料、水、MP、全てが心許こころもとない。生存を最優先にしよう」


「この依頼に失敗したら、アタシ達大目玉よ!?」

「死ぬよりは、クビになった方がマシだわ。最近ちょっと経営怪しくなってきたし、私は別に構わない」

「エクレア、ただ死ぬだけじゃないんだぞ? 生きながら食われるんだ。それ分かってるか?」


 エクレアはギシュールに言われた事を想像し、背中がゾクっとする。


「わ、分かってるわよ……」


「そろそろ日没よ。暗い中を進むのは危険だわ。水も近くにあるし、今日はここで野営しない?」

「ああ……って、クソ! マジックポーションの空きビン捨てちまったぜ……!」


 三人は急いで飲んだので、その場に捨ててしまっていた。

 この状況下で、水筒を三つ失った事は非常に重い。

 四人は暗い面持ちで野営の準備を始めた。

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