第44話 幸せな一時
捕虜をあの手この手で尋問したが、「ラキミシャ帝国の使いと名乗る奴に雇われただけだ」としか言わなかった。
結局、真犯人が分からないまま時は過ぎ、ポメラ・ホワイトが復帰するまで残りあと四日となる。
「――ねえ、パラッシュ。どの服がいいかしら?」
「殿下にはこれが似合うと思います」
「そう、じゃあこれをいただくわ。早速着替えてくるから、感想を言いなさいパラッシュ」
「かしこまりました。楽しみにしています」
王女は嬉しそうに隣の部屋に駆け込んで行った。
ごろつき達に襲われてからというもの、王女は王宮の外に出向く事はなくなった。さすがに危機感を覚えたのだろう。
こうして服屋を自室まで呼んで、買い物を楽しんでいる。
俺に対する態度もかなり軟化し、だいぶ扱いやすくなった。
「凄いねレイ君……あの子をここまで懐かせるなんて……」
「ああ、ちょっとしたコツがあるんだ。王女をエクレアだと思って接してみろ。それで上手くいく」
「はぁ!? どういう意味よ!? アタシ、あんな生意気で捻くれた性格してないわよ!?」
俺とノエミが笑っていると、王女がルンルンで戻って来た。
「どうかしら、パラッシュ?」
「とても素敵です。大人びたデザインが、殿下の可愛らしさを引き立てています」
「中々気の利いた事を言えるようになったわね。ご褒美として、私にケーキを食べさせる事ができる権利を与えるわ。感謝しなさい」
「それは光栄です、殿下」
ノエミとエクレアの舌打ちが聞こえる。
多分王女にも聞こえているはずなのだが、彼女はまったく気にしない。器が大きいのか、二人に興味がないだけなのか。
「――ほら、パラッシュ! 早くしなさい!」
「失礼しました。今行きます」
俺はテラスにある白い小さな丸テーブルにつくと、フォークでケーキを刺し、王女の口元まで持っていく。
「――はい、あーん」
「あーん」
王女はケーキをぱくりと食べ、顔をふるふると震わせる。
口の周りには生クリームがべったりだ。
「殿下、パラッシュめが、口をぬぐってさしあげます」
「あら、少しだけクリームが付いてしまっていたようね。素直にお礼を言うわ。――ご褒美として、アナタにも食べさせてあげる」
王女は俺から取り上げたフォークでケーキを刺し、俺の口元に持って来る。
「ほら、パラッシュ。あーん」
「……あーん」
うむ、美味い。
このテラスは実に幸せな空気に包まれている。
だが、窓の中は地獄だ。
アリスが窓に顔をくっつけてじっとこちらを見ており、ノエミは杖で素振りをし始め、エクレアは絨毯の上につばを吐いてしまっている。まさに一触即発だ。
「――どう、美味しい?」
「ええ、とても」
「うふふ、それは良かったわ。――でも、この後が憂鬱……逃げ出してしまいたい」
「ふふっ、そういう訳には参りませんよ」
今日は王宮で特別な舞踏会が開催される。
主賓はベルカザス公国、アークロンド公の三男、ルチアン卿。つまり婚約前の顔合わせという訳だ。
王女は彼と踊る事になっており、それがたまらなく嫌なのである。
「だって、まだ12歳の子供なのよ? きっとまだ鼻水を垂らしているわ。あー、想像しただけで嫌になってくる」
王女は丸テーブルに突っ伏し、ごろごろと頭を転がす。
二人はまだ会った事すらない。しかし、婚約はほぼ決定している。政略結婚ではよくある話だ。
「かなりの美少年だと聞いていますが?」
「らしいわね。でも、臆病な性格で、剣術もからっきしらしいわ。弱い男は駄目」
「殿下は腕っぷしの強い男がお好みなのですね」
頭を横に向け、王女が俺を見つめてくる。
「そうね……優しくて、強くて、いつも私の味方でいてくれる……そんな男がいいわ」
「ルチアン殿下は、そういう男になるかもしれませんよ?」
「そんなわずかな可能性に賭けるような、愚かな女ではないのよ? ……ねえ、パラッシュ。あの女達はアナタとどういう関係なの?」
「初日にお伝えした通り、アリスは私の妹、ノエミとエクレアはただの同僚です」
「その……特別な関係……ではないのよね?」
「ええ、まあ」
まったく何もない訳ではないのだが、それは王女に話すような事ではない。
「ふーん……じゃあ、他にそういう人はいるのかしら?」
「いえ、私は孤独な男ですよ殿下」
王女の顔がぱっと明るくなる。
「うふふ、アナタ本当にみじめね! 何だか気の毒になってきたわ。――そうだわ、パラッシュ。もっと努力して出世しなさいな。私に釣り合う男になったら、相手をしてあげてもいいわよ?」
「ははは、精進します殿下」
笑ってしまった事に怒られるかと思ったが、王女は満足そうにうなずいた。
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