第35話 エクレアの逃亡生活

 この二週間、さんざん悩みに悩んだ。

 レイに全てを話して、助けてもらおうかと。

 しかし、自分の両親はともに宮廷魔術師。敵対すれば、スカンラーラ王国を敵に回しかねない。結局、彼には全てを秘密にしたまま発つ事にした。


 明日の朝、使いの者が馬車で迎えに来る。

 それに乗れば、アタシは鳥籠の中に閉じ込められてしまう。

 生殖機能を失う薬を飲まされ、自宅の敷地の外に出る事もできない。

 できそこないの恥さらしは、世間に顔を見せる事すら許されないのだ。



「お、重い……。もっと筋力トレーニングをするべきだったわ」


 エクレアは大きなバックパックを背負い、家の外につないである一頭のロバにそれを積んだ。


 以前の彼女であれば、大人しく馬車に乗っていただろう。

 しかし、今のエクレアには、大切なものを守る為に戦うだけの勇気と覚悟があった。


「アタシ、あの人の赤ちゃんを産みたいの! 絶対に逃げ切って見せるわ!」


 エクレアはロバにまたがり、真っ暗な街道をテクテクと進んだ。




 ウチの家はお金持ちだ。

 当然アタシに懸賞金をかけただろうし、追手の魔術師や傭兵も雇ったはず。だから、人里には降りられない。


 エクレアは茂みに隠れて気配を消し、小さな湖に獲物が水を飲みに来るのを待ち構えていた。

 待つこと数時間、一頭の鹿がやって来て、辺りを入念に警戒してから水を飲み始めた。


「――<念動力ミロパー>」


 エクレアの手に乗せていた矢が射出され、鹿の首に突き刺さる。

 鹿は走って逃げたが、十歩ほど進んだところでバタリと倒れ、動かなくなった。


「お腹に当たらなくて良かったわ。ウ〇コが腸から漏れると悲惨ですもの」


 エクレアは鹿を引きずり、湖の水で血抜きと冷却を終える。

 そして手際よく解体し、食べやすいように肉を切り分け、燻製肉を作り始めた。

 今食べる分だけ枝の串に刺し、焚火であぶる。


「――そろそろ焼けたかしら?」



 エクレアは串を手に取り、かぶり付いた。


「――おいしい! でも、鹿肉を食べるたびにあの事を思い出すわ……」


 ナキルヤの森に入った時に、今のスキルがあればどれだけよかったか。

 だが、あれがなければ、あの人を好きになることも無かった。運命って残酷だ。


「――最初はレイだって分からずに、イケメンの木こりさんが助けてくれたと思ってたのよね」


 こっちが感謝の言葉を述べてるのに、どうして困惑した顔でアタシを見てるんだろうと不思議でならなかった。

 後で聞いたら、アタシの態度があまりに違うから、発狂してしまったんじゃないかと思っていたらしい。


「結局あの日は、日が暮れるまでに森を脱出できなくて、野宿する事になったのよね。アタシとっても怖くて、あの人のすぐ隣で寝かせてもらったの。今考えてみると、アタシ絶対臭かったと思う……」


「大丈夫だ、安心しろ」と言われて頭を抱き寄せられた時、完全に堕とされてしまった。


「それが今じゃ、一人で森の中で野宿。アタシも成長したもんね」


 エクレアはテントの中に敷いた寝袋に寝っ転がった。


「ギルドに誘ってもらった時、凄い嬉しかった。それを素直に言えないのが、どれほど悔しかったか……」


【クッキー・マジシャンズ】の一員として生きていけたら、どんなに幸せだっただろう。


「……やだ、ちょっと涙が出てきちゃった。ダメダメ、泣いちゃダメ! 泣かないって決めたんだから!」


 エクレアは涙をハンカチでぬぐうと、星空を見ながら眠りについた。




「――あ、ヤバい! 村だ!」


 人に見つからないように山の中を進んでいたら、ふもとに小さな村が見えた。


「んー、でもどうしよう。保存食が買えるなら、手に入れておきたいし……」


 さすがに狩りだけで、全てをまかなう事は難しい。

 ジャガイモや穀物などを購入しておきたいところだ。


「王都からもう大分離れてるし、こんなへんぴな村なら大丈夫かしら?」


 エクレアは村の様子を観察するため、山を下りて行く。

 そして、ある程度近づいた時、村の様子がおかしい事に気付いた。


「――え!? モンスターに襲われてる!? 大変!」


 エクレアは山を駆け下りる。

 どうやら柵の一部が破壊され、そこからゴブリン達が侵入しようとしているようだ。

 数名の村人がピッチフォークを持って、必死にそれを阻もうとしている。



「<火炎放射メギナル>」


 柵に詰め掛けていたゴブリンを一網打尽にする。


「おお! 助かったべよ、魔術師さん!」

「ゴブリンはこれで全部かしら?」


「そうさ、今回来たのはこれだけだべ。だが、どっがに巣があるみたいで、きっとまたやって来るべさ」

「じゃあ、魔術師ギルドに依頼するといいわ」


「そんな金ねえから、こうなってるだべ。なあ魔術師さん、この村には金はねえけど食料ならある。それで退治してもらえねえべか?」


 村人を助けてやりたいのは山々なのだが、自分は追われている身。

 下手すると、この村に迷惑がかかる恐れがある。


「悪いけど――」

「またゴブリンがやって来たべ! どうやら別の群れみてえだ!」

「なんてこった! 魔術師さん、助けてくんろー!」


「……もう、仕方ないわね!」


 エクレアは向かってきたゴブリンに杖を向けた。

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