第36話 放たれた猟犬たち

 エクレアの父、サントノーレ・シュトルーデルは、執務室のイスに座り、秘書二名の報告を聞いていた。


「――二週間経っても、いまだ足取りはつかめぬと……なぜ、そんなに難航している? 魔術師、傭兵団、どちらも追跡のプロフェッショナルだと聞いていたが?」


 右の秘書が一歩前に出る。


「はい、お嬢様は痕跡を消すスキルを習得しているそうで、それが追跡を困難にしているとの事です。ちなみに、お嬢様にそれを伝授した師が、今回依頼した魔術師です」

「まったく……魔法はからっきしのくせに、妙なスキルを身に付けおって……ところで、詳しく聞いていなかったが、傭兵団はどんな連中なのだ?」


 左の秘書が一歩前に出る。


「は! ハウンドドッグ傭兵団という、追跡術に長けた者達であります!」

「ハウンドドッグ傭兵団……?」


 サントノーレはどこかで聞いたような気がして、脳の奥から記憶を引きずり出した。

 その瞬間、拳をドンッ! と執務机に叩きつける。


「愚か者おおお! ハウンドドッグ傭兵団と言えば、品性下劣、目的の為なら何でもやる、悪名高い傭兵団ではないか! シュトルーデル家がそんな連中を雇ったと知られたら、どうするつもりかあああああ!」

「ひ、ひいいいいいいい!」


 左の秘書が尻もちをつく。


「今すぐ契約を解除するのだ! 何かあってからでは遅いぞ!」

「は、はいいいいいい!」


 秘書は執務室から飛び出て行った。



     *     *     *



「マカロンどん、今日は宴だべな!」

「ええ、そうね」


 父サントノーレの秘書が部屋を飛び出したちょうどその頃、エクレアと村の男達はゴブリン退治を終え、村に戻るところだった。


「しっかし、ゴブリンの小さな足跡をよく見付けられるっぺな。マカロンどんは魔術師というより、狩人だべ」

「まあね。師匠に色々と仕込まれたもの」



 エクレアはゴブリンの足跡をたどり、三つの巣を発見した。まともに戦えるのは彼女だけなので、これを殲滅するのに一週間もかかった。


「――これで、アタシの役目も終わりね。あとはアンタ達でがんばってちょうだい」

「……なあ、マカロンどん。このまま村にいてもらう事はできんだべか?」


 自分を必要としてくれる事は嬉しい。

 しかも、この村の人達はみんないい人ばかりだ。できればここに留まりたい。しかし……。


「――悪いけど……ってちょっと待って! 何か様子が変だわ!」


 エクレアは村の男達を伏せさせ、木の陰から村をのぞく。



「……そ、そんな!」


 五十人ほどの傭兵と思わしき男たちが、村の人達を捕らえて、広場の中央に集めていた。

 団長と思わしき男が、何やら大きな声で叫んでいる。


「エクレア・シュトルーデル!! ここにいるのは分かってんぞ!! 俺の鼻はごまかせねえ!! さっさと出て来ねえと、一人ずつこいつ等を殺す!! ――まず一人目だ!!」


 傭兵の一人が、村の年寄りを切り捨てた。

 村人たちから悲鳴が上がる。


「おとっつぁん!? やつら、許せねえだべ!」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 エクレアの制止を振り切り、村の男がピッチフォークを構えて突撃していく。

 しかし、奴等の元へたどり着く前に、矢を射かけられ死んだ。


「ああ……! シルワがやられちまっただ!」

「アタシのせいだわ……」



 団長がこちらの方を指差した。


「まだ村人がいるみてえだ! あの辺りから来たぞ! 探せ!」


 傭兵達がこっちにやって来る。



「アンタ達はゴブリンの巣に隠れて!」

「マカロンどんは!?」


「アタシはあいつらを倒して、村の人達を助け出す!」

「一人じゃ無理だべ!」


「いいから行きなさいよ!」


 村人の背中を叩いて、走らせる。

 傭兵達の追跡能力はかなり高い。すぐに見つかってしまうだろうが、ここにいるよりはいいはずだ。



「――さあ、かかってきなさい!」


 エクレアは矢筒から、一本の矢を取り出した。

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