第23話 ダメ魔女の師

 俺は豪華でオシャレなケーキを食べながら、目の前にいる、黒髪の女に話しかける。


「いいのか、エクレア? 俺と一緒にいるところを見られると、お前の立場がマズくなるぞ」


 彼女を救助した際、「俺に助けられたとは絶対に言うな。街で会っても俺の事は無視しろ」と念を押しておいた。

 ただでさえ依頼に失敗したのだ。俺と親しいなどと思われれば、たちまちの内に危害を加えられてしまう。


 だが今回、エクレアからどうしても会いたいと言われたので、仕方なくこうして人前で会っている。


「大丈夫よ。ちゃんと変装してるじゃない」


 黒髪のカツラをかぶるだけを、変装と呼べるのかは疑問だ。

 周囲に見知った者はいないので、大丈夫だとは思うが。


「まあいい。それで、今日は何の用件だ?」

「あのね、アタシ怖くて戦えなくなっちゃったの……どうしたらいいのかなって……」


 ナキルヤの森の一件が、彼女の心に深い傷を残してしまったのだろう。


「――ならば、もう戦う必要はない。ギルドを抜けて、研究専門の魔術師になればいい」

「それは駄目! アタシはエースでいなきゃいけないの!」


「俺のギルドじゃ駄目なのか? 今ならお前を雇えるだけの力があるんだが」

「ごめん……パパとママから言われてるの。【高潔なる導き手】以外のギルドは認めないって……」


 エクレアは苦悶の表情を浮かべる。

 彼女の両親は、ともに宮廷魔術師だと噂で聞いている。権威を重視するタイプなのだろう。


 ゲラシウスの父親は、勇者のパーティーにいた事がある伝説の魔術師だ。

 その彼が故郷に戻り、設立したのが【高潔なる導き手】である。他の魔術師ギルドとは別格なのだ。


「厳しい両親のようだな。もしそれを破ったらどうなる?」

「家に連れ戻されて……それから……」


 エクレアは悲痛な顔をして、黙りこくってしまった。


「――どうした? 嫁にでも行かせられるのか?」

「う、うん、そうなの! 好きでもない人と結婚させられるのよ! だから、パパとママに知られる前にエースに戻りたい! ……あ、言っちゃった」


 やはり降格されていたか。

 依頼に失敗し、戦えないともなれば、ゲラシウスなら当然そうするだろう。


「――そうか、では訓練の依頼という事でいいか?」

「やってくれるの!?」


「ああ。だがもちろん、それなりの対価は貰うぞ。お前の教育は相当根気がいりそうだからな」

「うっさいわよ! お金は払うから、ちゃんと最後まで面倒見てよね!」



 こうして俺はエクレアの教育をおこなう事になった。


 まずは座学からおこなう。

 モンスターの習性や生態をきちんと知ってから実戦に臨む事で、その経験値は何倍にもなるのだ。


 しかし、案の定エクレアは「勉強なんかしたくないわ!」とブーブー文句を垂れる。

「恐怖とは無知から来る。相手を知ればおのずと怖さは薄れていく」と説き伏せ、何とか講義を始めた。


 だが、勉強嫌いのエクレアは30分すら集中力がもたない。

 ノエミにどうすれば良いかと相談したところ、「レイ君が隣に座って教えてあげたら、多分集中すると思うよ」と言われたので、実践してみる。


 効果はてきめんだった。彼女は二時間の講義にも耐えられるようになったのだ。

 実に不思議なものである。俺が隣にいる事で、緊張感が生まれているのかもしれない。



 座学が終わり、弱いモンスターとの戦いを始める。

 彼女には火炎魔法をぶっ放すだけでなく、周囲にある物を利用する事も教えた。

 頭の中がスカスカだった為か、思ったより飲み込みが早く、それほどの時間がかからずに以前の彼女を超える事ができた。


 恐怖するようになったのが逆に良かったのだろう。

 以前のエクレアは命知らずにもほどがあり、見ていて危なっかしかった。

 今では、ちゃんと死の危険について向き合えている。これならば、簡単に死ぬ事はないはずだ。



「――これで訓練は終了だ。お前がエースに戻れることを祈ってるぞ」


 総まとめの講義を終えた俺は、隣に座るエクレアに卒業を告げた。


「え、もう終わりなの!? まだ教えて貰ってない事がたくさんあるわ! もっと座学を続けてちょうだい!」


「なんだ、最初は嫌そうにしていたくせに……」

「そ、それはその……勉強の大切さに気付いたのよ! お金なら払うから、やりなさいよね!」


 訓練前はすっかりしおらしくなっていたエクレアだが、また以前の強気な態度に戻ってきた。

 以前は生意気で腹立たしいと思っていたが、最近これはこれで悪くないとも思えてきている。

 口ではブーブー言いながらも、時折楽しそうな笑顔を見せる彼女は、とても可愛らしい。


「分かった。じゃあ明日からは中級――」

「駄目!!」


 テーブルの向かいで、アリスに文字を教えていたノエミが大声を上げた。


「……どうしたノエミ?」

「最近依頼が増えてきたんだから、もうエクレアちゃんを教えてる暇なんてないよ!」

「そ、それなら、別に手が空いた時だけでいいわよ?」


「駄目! 僕達を放ったらかしにして、二人だけでどっか行っちゃうでしょ! 急に依頼が来た時に対応できないもん!」

「座学だけだから、どこにも行かないわ!」


「むー……! じゃあ、隣に座るのはやめて!」

「お前にそうした方がいいと言われたんだが……?」


「二人がそんなにくっ付くとは思ってなかった!」


 ノエミはドンッとテーブルを叩いた。


「はあ!? そ、そんなんじゃないわよ! ていうか何よアンタ、ア、アタシの事好きだったの?」

「違うよ! 僕が好きなのはレイ君!」


 部屋がしんと静まり返る。

 口を両手で押さえたノエミの顔が、どんどんと赤くなっていく。


「……ちょっ、アンタ、ゲイだったの!?」

「そ、そうだよ! 僕達そういう関係なんだから! ここは男の花園なの! 女は帰って! しっしっ!」


「ちょっと、嘘でしょ……!?」


 エクレアは信じられないものを見るような眼で俺を見る。


「ノエミ、変な事を言うな! 俺まで誤解されてるじゃないか!」



 二人をなだめ、エクレアの誤解を解くのに一時間。

『二人だけにならない、向かい合って座る、お互いの体に触れない』という規則を守る代わりに、座学の延長をノエミに許可させるのにもう一時間。


 その間アリスは、ノエミとエクレアのバチバチとした様子をじっと見ていた。

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