第22話 意外な活躍

 採掘ギルドのギルド長、クラヴノ・テレマンの元に、鉱夫主任が息を切らしてやって来た。


「ギルド長、大変です! またレッサードラゴンが現れました!」

「なんだって!?」


 ヘトラ山にまたレッサードラゴンが出現し、鉱夫たちを襲ったという。

 しかも、半年前の個体よりもはるかに狂暴だそうだ。


 ヘトラ山はデポルカの街の南にあり、この辺りでは火花石が掘れる唯一の山だ。

 この石は着火の魔道具の原料になるので、生活には欠かせない。

 つまり確実な収入源となるので、採掘をストップさせられるのは非常に痛い。


「テレマンさん、魔術師ギルドに依頼しましょう! 最近【クッキー・マジシャンズ】というギルドが『安い・早い・確実』だと、もっぱらの評判です」


 そのギルドの噂は聞いたことがある。

 マジックポーションを必要としないのと、人数が少ないのが理由で、他のギルドよりも安価な依頼料で済み、しかも腕もいいときているらしい。

 だが、駄目だ。


「いや、ここは実績のある【高潔なる導き手】にお願いしよう。前回も成功しているし、彼等なら間違いないだろう」

「……やめておいた方がよろしいかと。最近かなり評判が悪いので」


 それも知っている。新聞に書いてあった。


 だが彼等に依頼すれば、依頼料の一割をキックバックしてもらえるのだ。

 評判が悪くなったとはいえ、腕が落ちた訳ではないのだから、依頼は間違いなく成功するだろう。

 となれば、【高潔なる導き手】一択しかない。


「確かにそうかもしれないが、彼等にはレッサードラゴン討伐のノウハウがある。やはり【高潔なる導き手】に依頼するべきだ」

「……そうですか。分かりました。では早速依頼しに行ってきます」


「うん、よろしく頼むよ」


 最近若い愛人を作り、金欠気味だったので丁度いい。

 これでまたあの女を抱けると、テレマンはだらしなく笑った。



     *     *     *



 氷の貴公子ディリオンは、汗をダラダラと垂らしながらヘトラ山を登っていた。火花石から発せられる熱で、この山は恐ろしく暑い。


 このクソッタレな山に登るのはこれで二回目だ。前回はゴミカスレイに荷物を持たせていたが、今回は各自で持つ羽目になっている。おかげで、背中が蒸れてしかたない。


「エクレア! 早くしろ!」

「はあはあ、ごめんなさい、ディリオン様……」


 この馬鹿女をマイコニド狩りに無理矢理連れて行ったはいいが、結局震えているだけで何もできなかった。

 おかげで依頼は失敗、報酬はゼロ。ギルド長にクドクドと厭味いやみを言われる。

 しかもギルドランクも下がったので、給料も5割カットだ。


 エクレアはエース降格になり、荷物持ちの仕事しかやらせてもらえなくなった。

 だがこいつは体格が華奢なので、全員分の荷物を背負う事ができない。

 結局、水、食料、マジックポーションは各自で分散して持つことになった。まったく使えない女だ。


「貴方、荷物持ちもできないのなら、クビにするようギルド長に伝えますわよ。よろしくて?」

「大丈夫よ――です」


 新エース、万能女王のバルバラはエクレアの同期だ。

 今まではエクレアの方が上の立場だったので、バルバラが敬語を使っていたが、今では逆転している。



「クソ! 何ていう暑さだ! 前回と全然違うぞ!?」


 ディリオンは水をゴクゴクと飲む。

 この辺りは特に暑い。火花石が多いのだろうか?


「あの、ディリオン様。――もしかしたら、火炎ムカデがいるのかもしれないです」

「あれは洞窟に住むモンスターだ。山道に出る訳ないだろ!」

「本当頭が悪い女ね、貴方。お気の毒にですわ」


「地震が起きた後には地表に出てくるんです。――詳しい人から、そう教えてもらいました」

「こんな馬鹿女の知り合いなんて、ろくな奴じゃありませんわ。無視いたしましょう」

「そうだね、さっさと終わらせて水浴びをしよう。もちろん一緒にね」


「もう、いやですわ。ディリオン様」


 バルバラとキスを交わす。

 使えそうな女はすべて自分のものにする。これがディリオン流処世術だ。



「ディリオン殿、何やら奥の方から振動が――」


 先頭を歩いていたボグダンが、何かを察知したようだ。


「……か、火炎ムカデですぞおおお!」


 ボグダンが転びそうになりながら、こっちに走って来る。

 その後ろを巨大なムカデが追ってきていた。


「ク、クソ! こんなところに出るなんて! バルバラは全魔力を込めてくれ! エクレア、合成魔法だ!」

「かしこまりましたわ!」

「はい!」


 ディリオンとエクレアが手をつなぐ間に、バルバラが詠唱をおこなう。


「<魔法の矢レイゼクト>」


 バルバラの全MPを込めた魔法の矢が、火炎ムカデに放たれる。

 彼女の<魔法の矢レイゼクト>は、今回の依頼の切り札だ。

 魔法の矢は若干の追尾性能を持っているので、空を舞うレッサードラゴンにも命中しやすい。


――魔法の矢は見事命中したが、火炎ムカデの動きは止まらない。


「いくぞエクレア! <絶対零度ラゾチルト>」「<魔力収束アセア>」


 レッサードラゴンの強固な鱗をあっさり貫いた冷気の光線は、火炎ムカデの甲殻を凍てつかせるだけで終わった。


「な!? どういう事だ!?」


 あまりにも弱すぎる。間違えて<猛吹雪ゾチルト>を使ったのかと思ったほどだ。

 エクレアが申し訳なさそうな顔をしている。……そうか、そういう事か。


「このアバズレめ!」

「きゃっ!」


 エクレアの頬を張り倒す。

 この女、この氷の貴公子であるディリオン様に好意を持っていないのだ。

 別の男にうつつを抜かしているに違いない。


「――ディリオン殿! ブレスが来ますぞ! <魔力の壁イレイガン>」


 火炎ムカデの炎のブレスが、魔力の壁にさえぎられる。


 今のうちに反撃しなければ。

 さっきの合成魔法の威力を見るかぎり、エクレアとの魔力シンクロ率はマイナスのはずだ。明らかに単体で撃った時よりも弱かった。

 こいつとの合成魔法はもう使えない。


「<猛吹雪ゾチルト>」


 火炎ムカデの表面を凍らせ、奴の動きを鈍くした。


「バルバラ、次弾の準備はできたかい!?」

「マジックポーションでMPは回復しましたが、クールタイムがまだ終わっていませんわ!」

「ディリオン殿、吾輩の壁も持ってあと一発ですぞ!」


「クソ! 何とかしてくれ!」

「アタシに任せて下さい! <念動力ミロパー>」


 地面に転がっていた、人間の頭くらいの大きさの石がふわふわと浮き、火炎ムカデの周りを漂い始めた。

 奴はそれに気を取られ、こちらを見ていない。


「――準備完了! いきますわよ! <魔法の矢レイゼクト>」


 魔法の矢がムカデを貫き、絶命させた。


「やりましたわ! 見ててくださいましたか!?」

「ああ! さすが僕のバルバラだ!」


 ディリオンはバルバラの手を握る。やはり使える女というのはいい女だ。


「見事です、エクレア殿、また戦えるようになったのですな」

「うん。ある人にね、色々と相談に乗ってもらったのよ」


 石を浮かしていただけを戦ったとはいえない。こいつはゴミだ。

 それを分かっていないボグダンもゴミだ。

「重要依頼だから、パーティー人数を増やしておいた」とギルド長に言われたが、ゴミを増やされても意味が無い。そんなことも分からないから赤字になるんだろう。


「さあ、行こう。ゴ――みんな」


 ディリオンはレッサードラゴンの巣がある、頂上へ向け歩き出した。

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