第21話 素晴らしき経営手腕

【高潔なる導き手】の一階広間に、全メンバーが集合させられた。


「――諸君! 我がギルドは、今月ついに赤字となってしまった!」


 ゲラシウスは二階から、ゴミカス連中に向け声を張り上げる。



「そしてこれだ! 最新号の魔術師ギルド四季報! 諸君は見たかね!?」


 何の成果も出せないカスどもは、黙ってうつむいたままだ。


「【高潔なる導き手】銀級195位……!」


 ゲラシウスはわなわなと震え、四季報を引き千切ろうとする。

 だが、彼の腕力ではそれは叶わなかった。


「どういう事だあああああああ!! 17位から195位など前代未聞だぞおおおおおおお!!」


 四季報を、一番前に立っていたメンバーに投げ付ける。


 銀級内であれば一期で変動する順位は、どんなに大きくても30位ほどだ。

 この下落ぶりは魔術師ギルドの間でも大きく騒がれ、ついには新聞にも掲載される事となってしまった。


「この新聞の記事の内容を見てみよう。……ナキルヤの森遭難事件での婦女暴行殺人、ナトト村壊滅事件でのギルドメンバーに対するリンチ、及び他ギルドメンバーへの殺人未遂。【高潔なる導き手】は、その名に反した下劣な魔術師ギルドである。ギルド長ゲラシウス・ゴルドーニは一刻も早く更迭されるべきだ…………ふっざけるなああああああああ!!」


 ゲラシウスは新聞をビリビリに破き、ゴミカスどもにばらまく。


「この私の顔に泥を塗るなああああああ!! このゴミ共があああああ!! 私は何も悪くない! 悪いのは、違法行為をおこなった五人の馬鹿だけだ! 違うか!?」

「そ、その通りです!」


 グスターボがピンと背筋を伸ばして、返事をする。

 俺の望み通りの返事ができるのはこいつだけだ。これだけ多くのメンバーがいながら、まともな奴が一人だけとは泣けてくる。


「魔術師ギルド本部も、新聞社も、その事がまったく分かっておらん! お前達は一人十通、『ゴルドーニギルド長は悪くない』といった内容の手紙を送るのだ! いいな!? やらなければ報酬ゼロだ!」


「は、はい!!!!」


 一階から大きな返事が返って来たので、ゲラシウスは満足する。

 これで今回の評判ダウンは持ち直せるだろう。


「さて、次はコスト増加と依頼成功率の低下の件だ。まずはコストの話からしよう。……グスターボ!」

「は、はい! ヒーラーのノエミが抜けた事で、傷薬の使用量が月12本から43本と、爆発的に増加した事が原因かと思われます! 完全治癒の傷薬は一本10万しますので」


「何を言っているのかね! ヒーラー一人いなくなったくらいで、そこまで変わる訳がなかろう!」

「そ、それが、彼は怪我を治す事はもちろん、怪我をさせない事にも注力していたらしく、その影響が思ったより大きかったのかと……」


「あのノームがそこまで優秀な訳なかろう! もう一度分析し直せ! 次! 依頼成功率の件だ!」

「は、はい! 半年前までは96%だった成功率は、現在41%にまで低下しております。その理由は、やはりマジックポーションの不足が原因かと思われます!」


「では聞こう。一体いくつあれば足りるのかね?」

「現状一つの依頼につき、一人一本までなのですが、おそらくこの四倍は必要と思われます」


「なるほど。だが、マジックポーションを購入していては利益が出ない。ボンゴ、チー、君たち錬金術師が何とかするべきなんじゃないのかね?」


 ゲラシウスは年老いたドワーフと、ホビットの女を睨みつける。


「レイ無しで、四倍の量なんか作れるわけないじゃろ!」

「そうなの! レイに頭下げて、戻ってきてもらうなの!」


「誰がそんな事するかああああ! いいか、とにかく生産量を四倍に増やせ! できなければ、休みも給料もゼロだ!」

「いい加減にせい! もううんざりじゃ! 辞めさせてもらう!」

「チーも辞めるなの! やってらんないなの!」


「好きにしたまえ。だが、他のギルドに入れると思うんじゃないぞ? しっかり手を回してやるからな?」

「おのれ! 卑怯者めええええ!」

「ちくしょうなのおおおお!」


「わははははははは!」


 広間にゲラシウスの高らかな笑い声が響き渡った。



     *     *     *



 唇に何かが触れるのを感じた。――ノエミだ。

 あいつは最近、毎朝こうやって俺の目を覚ましにくる。

 アリスの前では止めろと言っているのだが、困った奴だ。


 俺は鼻から息を吐き出し、目を開けた。


「――アリス!?」


 アリスは俺の上に四つん這いになり、唇を重ねていた。




 ノエミと同居し始めてから、アリスは変な事を覚え始めてしまった。

 今、やられているこれもその一つだ。


「――はい、あーん」


 ノエミが俺の口元に、スープをすくったスプーンを持って来る。

 俺はそれを口にする事ができない。

 何故ならもう一方にも、同じものがあるからだ。


「……お前達、自分で食べるから引っ込めてくれ。――ノエミ、お前のそういった行動に、アリスが影響されてしまっているんだ。少し自重してくれ」

「女の子らしくしてあげた方がいいと思うよ? 正体もバレにくくなると思うし。それに、<魔法の矢レイゼクト>の連射力も上がってるんでしょ?」


「まあ、そうなんだが……」


 アリスの“あーん”を食べた後と、初めて目覚めのキスをされた後、連射力が爆発的に上昇した。

 それ自体は喜ばしい事なのだが、彼女とどう付き合っていけばいいのか分からなくなってしまった。女として扱った方がいいのだろうか?


「でも、あんまりアリスちゃんの女子力を上げると、僕負けそう……。やっぱり、ちょっと自粛するね」

「あ、ああ……」


 アリスを女として意識していると思われている。

 そんな素振りは見せていないはずなのだが……。



 俺はジャガイモとタマネギ、ベーコンを炒めた料理を口に入れながら、最新号の四季報を開く。

 ちなみにこの料理はノエミの手作りだ。家庭的な味付けで、中々に美味しい。


「【クッキー・マジシャンズ】銅級233位。……大躍進だな」


 銅級は順位の変動が激しいランクだが、それでも400位以上も一気にアップするなど、初めての事ではないだろうか?


「設立からたった三か月で、本当凄いよレイ君! 次はいよいよ銀級だね!」

「ははは、今回はたまたまデカい依頼が二つ続いたからだ。さすがに、このレベルの依頼はしばらく来ないだろう。地道にコツコツいくしかない」


「うん、そうだね。僕もそういう仕事の方が好きかな。のんびりいこうねレイ君。――今日はお仕事ないけど、どうする?」

「また、アリスに文字の読み書きを教えてあげてくれ。俺はちょっと人と会ってくる」


「うん、分かったよ。とりあえず自分の名前をちゃんと書けないとね」


 アリスは一応ギルド長なので、書類にサインをする時がある。

 だが彼女はまだ、俺が目隠しして左手で書いた字よりも、きったない文字しか書けない。


「ああ、よろしく頼む。――アリス、ちゃんと勉強するんだぞ」


 日に日に人間らしくなっているアリスだが、相変わらずイエスもノーも示してくれる事はない。

 文字が書けるようになれば、アリスとのコミュニケーションもとりやすくなるはずだ。



 俺は普段絶対に行くことがない、デポルカの街の中でも比較的高級な店が立ち並ぶ区域に向かった。

 そこを行き交う人達の恰好は、明らかに俺とはランクが違う。中には、どう見ても貴族だと分かる者もいる。


 その並びにある喫茶店【エーデルワイス】に入り、俺に向けて手を振る黒髪の女を見つけた。

 見るからに豪華なケーキを、すでに食べ始めている。


 俺はふっと笑みをこぼすと、女の向かいの席に座った。

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