第25話 やるせない思い
ゲラシウスは報告書を読み、にこやかな顔でうんうんとうなずく。
マジックポーションの生産量を増やしてから、依頼成功率が上昇しているのだ。
「さすがだな、グスターボ。君の分析は正しかったようだ」
「は! お役に立てて光栄です!」
本当に気持ちの良い返事をする男だ。
グスターボは中級魔法しか使えないので、魔術師としてはそれほどの才を持っていない。
だがゲラシウスの考えをよく理解し、常に肯定してくれるので、副ギルド長に抜擢した。その判断は、やはり正しかったようだ。
「――ディリオン君達は、そろそろ依頼を終えた頃かな。これで再びドラゴンスレイヤーの称号はいただきだ」
下級ドラゴンといえども、一応はドラゴン。
倒せば伯爵から勲章が授与され、名誉と評判を得る。
次回の四季報では、金級に返り咲いている事だろう。
――ガンガン!
ドアが激しくノックされ、返事を待たずに開けられる。
「失礼します!」
「な、なんだね!? ビックリするじゃないか!」
「大変ですギルド長! 広間に来てください!」
ゲラシウスが何か言いかける前に、ベイランドは広間へと戻ってしまった。
「一体なんだというのかね……」
ゲラシウスはグスターボと共に、ギルド長室を出る。
一階を見下ろすと、一人の衛兵が立っていた。
「ゴルドーニギルド長! レッサードラゴンの襲撃を受けています! 撃退にご協力ください!」
「何だと!?」
よく見ると、一階のベンチにディリオンがもたれかかっており、グビグビと水を飲んでいた。
「ディリオン君! これは一体どういう事だ――」
ドゴオオオオオオオオオオオン!!
建物の天井が崩れ、大きな岩が一階の広間、衛兵がいた場所に落ちた。
「ひ、ひいいいいいい!」
ゲラシウスとグスターボは尻もちをつき、ズボンをじんわりと濡らした。
* * *
「お伝えします! 現在、我がデポルカの街はレッサードラゴンの襲撃を受けています! アリス・パラッシュギルド長には、これの撃退にご協力していただきたく存じます!」
「ゲラシウスめ……だからやめろと言ったんだ」
夫が妻の仇を討ちに来たのだ。
他の群れとの長き戦いが終わり、帰ってきたら妻が殺されている。その怒りは計り知れない。
しかも彼は生き残ったドラゴンである。戦闘能力も知力も高い。非常に危険な相手だ。
巣作りをしていただけで、近づかなければ襲ってこないドラゴンを、金と名誉欲しさに殺した結果がこれである。
「レイ君――?」
「――ああ、行くぞ! アリス! ノエミ!」
俺達は襲撃のあった街の南へ向かう。
「まずいな……岩を使ったのか……」
採掘ギルドの立派な建物は、見事に半壊していた。
「――うわあ! テレマンさんがぺちゃんこだあ!」
死者が出ているようだが、今はドラゴンを倒す方が先決だ。無視して先に進む。
「――駄目だ、助けてくれえええええ!」
魔術師達がこちらに逃げてきた。
この街全員の魔術師が一斉攻撃すれば、レッサードラゴン程度なら秒殺である。
それが、敗北したという事は、彼等の魔法が届かなかったという事だ。
「こちらの射程距離を、完全に把握しているという事か……」
南側の城壁近くまで進む。
岩を落とすレッサードラゴンと、応戦する弓兵、数人の魔術師の姿が見えた。
白く輝く軌跡が見える事から、彼等は全員<
この魔法の有効射程は、全攻撃魔法の中でも飛びぬけた性能を持つ。
弾速も非常に速く、対空攻撃に最も適した攻撃魔法だ。
岩が落とされ、城壁が崩される。
魔術師達が逃げ出した。
「レイ君、もう戦える魔術師がいないみたい……」
「――ああ、俺達だけのようだな」
残っているのは、弓兵だけだった。
指揮官が優秀なのか、彼等は敗走せず勇敢に戦っている。
レッサードラゴンは高度を落とし、弓兵たちに炎のブレスを浴びせた。
もう魔術師がいない事を分かっているのだ。
「まずいな……! もっと接近してから撃ちたかったが、仕方ない! ここから狙うぞ、アリス!」
いくら弾速が速くても、これだけ距離があれば避けられてしまうだろう。
だが、今奴を牽制しなければ、弓兵たちが全滅してしまう。
俺はアリスの手を握った。
「<
――バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!
(連射力だけでなく、弾速も上がっている……!?)
数十発分の魔法の矢がヒットする。
レッサードラゴンは急降下し、岩をつかんだ。
「また上空から岩を落とそうという訳か……!」
奴は岩を盾にしながら、上空へと羽ばたく。上手い戦い方だ。さすが戦争に生き残っただけはある。
「レイ君、来てるよ!」
「ノエミ、お前はここから離れていろ!」
ノエミが今できる事は何もない。彼女が活躍するのは、奴を倒した後だ。
「――そうだ! 俺のとこへ来い! お前の妻を殺したのは俺だ!」
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
俺の言葉が通じたかのように、レッサードラゴンは怒りの咆哮を上げる。
いや、実際通じたのだろう。アリスだって俺の言葉が分かるのだから。
奴が俺の真上に飛んで来た。
ここから<
「アリス、しゃがんでいろ!」
俺はアリスの頭を押さえつけ、しゃがませる。
「――よし、こい! <
岩が落ちてくる。
いざ目の前にすると、その大きさに驚く。本当に俺は耐えられるのか?
「うおおおおおおおお! ……俺の<
俺は岩を目の前に投げ捨てた。
ズドオオオオオオオオオン!
石畳の道路に岩がめり込んだ。
「アリス、今がチャンスだ! いくぞ!」
先程よりも近距離から連射されたので、さすがのレッサードラゴンも避け切る事ができない。
百発以上直撃し、地面に墜落した。
すでに死にかけているが、首をもたげ炎のブレスを吐こうとしている。
戦士として、夫として、最期の瞬間まで戦おうとしているのだろう。
「……本当にすまない。あの世で奥さんと幸せに暮らしてくれ」
魔法の矢に射抜かれ、レッサードラゴンは絶命した。
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