第48話 プリンセスガード①

 王女セシリア・リラ・バシュレは腕と足を縛られ、馬車に乗せられていた。


「殺すなら、さっさと殺しなさい!」


 彼女は、新任の代理プリンセスガードの女を睨みつける。


「ここでは駄目なのです殿下。ラキミシャ流の処刑ができませんので」

「ラキミシャ流……亡者化刑ね……?」


「御名答。と言う事で、ザラーム平原に向かいます」


 帝国は、捕虜にした将校や兵士をゾンビにして送り返すという、悪質かつ残酷極まりない処刑方法をおこなう。

 これには噛み付いた相手をゾンビ化できるグレーターゾンビが必要で、帝国はこの為だけにコイツを檻に入れて飼っているらしい。


 王国にはそんな悪趣味は無いので、グレーターゾンビの生息地として有名なザラーム平原に向かっているという訳だ。


「わざわざラキミシャ流の処刑なんかしなくても、私を殺せば婚姻同盟は阻止できるわ。――それが狙いではないのね?」

「さすが殿下、ご明察の通りです」


 自分が帝国にゾンビにされたと知れたらどうなるか。

 私を溺愛するお父様は、さぞかしお怒りになるだろう。帝国との開戦を決断するかもしれない。


「……分かったわ。アナタ、強硬派の人間ね?」


 女は首を縦に振った。


 スカンラーラ王国には、帝国との戦争を望む強硬派と、戦争を回避したがる保守派で二分されている。

 お父様が保守派の為、これまで保守派が圧倒的に優勢だった。

 しかし、先日のナトト村壊滅事件により、強硬派の勢いが一気に増している。

 彼等はその勢いに乗じ、私の死を餌にして、お父様に帝国と戦争を始めさせようとしているのだ。


「私達は王家に忠誠を誓った身。当初は殿下を殺すつもりはありませんでした。殿下が暗殺されそうになったというだけで、陛下は開戦をご決断なさるかと思っていたのです」


 倒木の件の事を言っているのだろう。ラキミシャの仕業という噂を流したのも強硬派の連中に違いない。


「――しかし、陛下の方針は外交政策重視のまま変わらずでした」

「当然よ。今の王国には帝国と戦えるだけの体力はないわ。同盟による戦力増強しかできないのよ」


 女はやれやれといった感じで、手のひらを上に向ける。


「そうしている間に、ナトト村のように徐々に侵略されていくのです。早めに手を打たなければ、この国は滅びます。それが分かりませんか?」

「そうね、否定はできないわ。でも正面から戦えば、もっと早く滅びるわよ? アナタ達はそんな事も分からないのかしら?」


 女は何も答えない。


「はあ……アナタ達、無策で帝国に挑もうとしているのね。てっきり勝算があるのかと思ったわ。それなら、死んでも構わないと思っていたのだけれど」



――ガタンッ。

 馬車がとまった。ついに処刑場に到着したのだ。


「さあ殿下、馬車を降りますよ」


 女に抱えられ、セシリアは馬車の外へと運び出された。


 辺りを見回す。今は夕暮れだから、普通の平原と変わらない。

 しかし夜になると、途端に濃い霧におおわれ、不死者達が徘徊し出すらしい。


 護衛の騎兵は全部で二十騎。これ以上増えると目立ちすぎるので、丁度良い数だ。

 彼等は馬車から杭を降ろし、粗末で小さいはりつけ台をこしらえた。

 そして、それにセシリアを縛り付け、周囲に豚の血と内臓をばら撒く。


「……どうせ死ぬのなら、黒幕が誰か知りたいわ」

「それは無理です」


「お願い」


 女はため息をつくと、一人の騎兵を見た。


「……オレーフィチェ卿です」


 ブライロン・オレーフィチェ侯爵。強硬派のナンバーワンだ。

 舞踏会で倉庫に閉じ込められていたが、あれは自作自演だったという事だろう。


「彼は今頃自室でワインでも飲んでいるのかしら? 仮にも王家に忠誠を誓う者ならば、私の最期をきちんと見届けるべきだわ」


「――殿下、ご安心を」


 一騎の騎兵が声を掛けてきて、兜のバイザーを上げた。


「あら、そこにいたのね。中々似合っているわよ」

「光栄でございます殿下。……おっと、奴等がやってきました。それではこのオレーフィチェ、殿下の最期をしっかりと目に焼き付けたいと思います」


 彼等は急いでその場から去って行った。

 どこか遠くから、自分が生きたまま食われるところを見ているのだろう。



「ウオオオオオオ……」


 セシリアは首を動かし、声がした方を振り向く。


「なんておぞましい姿をしているの……」


 人間の形をとどめている通常のゾンビと違って、こいつは最早ただの肉塊だ。


「最悪だわ……すぐに首を食い千切ってくれるといいのだけれど」


 できればすぐに死なせてほしい。腕や足から食われるのは勘弁だ。


「オオオオ……」

「う……」


 グレーターゾンビがすぐそこまで近づいて来た。猛烈な臭気で吐きそうになる。


「お願い、誰か助けて……!」


 王女としての威信をかけ、最後まで泣き言は言わないつもりだった。

 でも無理だ。怖い。苦しいのはイヤ。こんなところで死にたくない。


「オオオオオ!」


 グレーターゾンビがセシリアの腕をつかんだ。


------------------------------------------------------------------------------------------------

本日から新作

死に戻りのオールラウンダー、100回目の勇者パーティー追放で最強に至る。 ~魔王が闇堕ちすると人類滅亡! 魔族語マスターしている俺が、彼女をデレさせ闇堕ちを防ぐ!~

を投稿しました。


なろうで先行公開しているのですが、いわゆるざまあものではないので、読者数は少ないです。

ですが、ランキングには入れました。

これは異様に評価率が高いからです。

ブクマ数の4倍の評価ポイントをいただけています。

感想欄でも「これは名作!」と言って貰えているので、ぜひご一読ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る