第33話 レイとアリスの強化
「<
「きたきたあ! さあ、まだまだいくぞ、チーよ!」
「おう、ジジイ! 今晩は寝かせねえなのよ!」
眼をギラギラさせながら、二人はルーン武具を製作する。
武術大会優勝後、予想の数十倍の注文が殺到した。
ラペルト伯爵やこの街の住人だけでなく、他の街から買いに来る客がおり、需要に対し供給がまったく追い付いていない。
おかげで俺達は、深夜まで武具の製造に追われている。
「……なあ、ボンゴ。今日はここまでにしないか? 毎日これじゃあ、体がもたないぞ?」
「お願いじゃ、やらしてくれ! こんなに熱くなったのは、生まれて初めてなんじゃ! 本当に礼をいうぞ、レイ!」
「チーもなのよー! 心が燃えたぎって仕方ねえなの! 全部レイのおかげなのよー! ――ノエミ、回復してなの!」
「おっけー。<
「んほおおおおおおお! やってやるなのよー!」
鼻息を荒くしながら、チーはルーンを刻んでいく。
少し心配になってしまうが、好きにやらせてやるべきなのだろう。
「――ところでレイ。お前に頼まれていた物、最優先で作っておいたぞ」
ボンゴは奥から、橙色のルーンが刻まれた漆黒のダガーと、緑色のルーンが刻まれたミスリル製の弓を持って来た。
「ダガーには<スタミナ吸収>、弓には<操風>の魔法が付呪してある。それぞれ、『夢魔の短剣』、『風の弓』と名付けた」
「風の弓はチーが付呪したなのよ? 魔力をつぎ込めばつぎ込むほど、射程が伸びるなの。レイだったら、とんでもない飛距離が出せると思うなのー」
「それは凄いな……感謝するぞ、二人とも」
廃坑で百人の兵を相手にした時に実感させられたが、今の俺は持久力に難を抱える。だが、このダガーがあれば、それも大分軽減されるだろう。
弓は、攻撃魔法を使えない俺にとっては本来必須の代物だ。悪い思い出を断ち切った今、遠慮なく使えるようになった。
アリスの<
「……しかし、あれじゃな。武術大会では三位一体の剣の力をまったく見せられなかったのー」
「一回も剣を交えなかったからな」
「決勝戦なんて、投げちゃってたもんね」
「それでも売れてるって事は、実際の性能なんてどうでもいいって事なの? そう思ったら、やる気なくなってきたなの……」
そんな事はないと、俺とノエミが励ましているとアリスが姿を現した。
「――アリス、迎えに来たのか?」
いつまで経っても寝室に来ない俺を、心配して来たのだろう。
「え? アリスちゃんって、あんな恰好で寝てるの? 凄いセクシーなランジェリーだよ?」
「ああ、最近あれを着だしたんだ。どうせ、お前の影響だろう」
「違うよ! 僕はネグリジェだよ!」
「――あ、多分チーの影響なのよ?」
「ぶふぉっ! お前さん、あんなの着とるんか!? 百年早いわ! がははははは!」
「うるせー、ジジイ! チーは立派な大人の女なの! 何がおかしいなの!」
チーの年齢は34だったはずだ。
確かに大人の女性ではあるのだが、見た目が完全な幼女である彼女に似合うはずがない。
「しっかし、めちゃくちゃエロいなの。レイ、あんなんが隣で寝てて我慢できるなの?」
「ああ、まあ、そうだな……」
俺の表情をノエミがじっと見ている。
「何か怪しいなあ……ねえ、レイ君。兄妹が一緒のベッドに寝るなんておかしいよ。お金もあるんだし、アリスちゃんのベッド用意しよ?」
「そうだな、そうするか……」
確かに最近のアリスの色気には、俺も困惑していた。
ノエミやチーの真似をしているだけで、別に誘惑している訳ではないのだろうが、少なからず意識はしてしまう。
健全な信頼関係を保つためにも、適度な距離感を置くべきなのかもしれない。
「――という訳だ、アリス。明日、お前のベッドを買いにいくぞ」
俺達の話をじっと聞いていたアリスは、ふるふると首を横に振った。
「――アリス!?」
「アリスちゃんが初めて返事した!」
翌日、街の家具店でシンプルなシングルベッドを一つ購入し、担いで持ち帰る。
俺のベッドから離したところに置き、そしていざ夜となった。
「――駄目だアリス。そっちのベッドで寝るんだ」
アリスはまた首を横に振る。
「俺達はべったりし過ぎた。少し距離を置こう」
アリスは俺の眼をしばらくじっと見た後、自分のベッドに寝た。
「……おやすみ、アリス」
いつもは俺の方を見て寝るアリスだが、その日はずっと向こうを向いていた。
翌日予想外の事が起きる。
俺は毎日、アリスとの魔力シンクロ率を確認する為、<
――バシュシュシュシュッ!
「おいおい……最初の頃の連射速度じゃないか……」
アリスの顔をのぞく。相変わらずの無表情だ。だが……。
「怒ってるのかアリス? 別にお前を嫌った訳ではないんだぞ?」
アリスに俺の考えを理解してもらえるよう、しっかりと説明する。
「よし、もう一度だ。<
――バシュシュッ!
悪化している……。言い訳がましいと思われたのだろうか……。
アリスの<
「やっぱり戻そう……」
せっかく買ったのだから、使わないのはもったいない。
俺は二つのベッドをくっつけて、一つのキングサイズベッドにした。
「――どうだ、これで許してくれるかアリス?」
アリスはふるふると首を横に振る。
「駄目なのか……では、どうすればいい?」
アリスは俺にぐいっと近づき、じっと眼を見つめてくる。
心なしか、いつもとは違う見つめ方のように感じる。
「……すまん、よく分からん。クッキーが食べたいのか?」
アリスは首を横に振り、グイグイと俺の袖を引っ張る。
これはノエミがよくやってくるやつだ。しかし、その意味は……。
俺が困った顔をしていると、アリスは自分の唇に指を触れた。
――間違いない、求められている。
「キスしろというのか?」
アリスはこくりとうなずく。
ノエミがやっている事を、真似しているだけだとは思う。
無性であるスライムに恋愛感情があるはずがない。だが、アリスは嫉妬心のようなものを見せる時があるのも事実。
これをどう捉えていいのか、俺には分からない。
しかし、今は言われた通りにするしかないだろう。
「……分かった。――じゃあいくぞ」
キス自体は何度かされている。ノエミの真似をして、朝起きた時と、夜寝る前にしてくるのだ。
だが、俺からした事は一度もない。その為、少し緊張する。
俺はアリスの髪を撫でてから、両頬に手を添えて顔を上に向けさせる。
アリスは眼を閉じた。
(――変な知識は持ってるんだよな)
俺はアリスと唇を重ねる。
スライムに自らキスした人間は、おそらく俺が初めてだろう。
アリスは俺の背中に腕を回し、体を押し付けてくる。
これは挨拶的なやつではなく、本格的なやつだ。ちょっとマズい。
「――これでいいか、アリス?」
これ以上エスカレートすると危険だ。俺はアリスから唇を離す。
アリスはしばらく間を空けてから、ゆっくりとうなずいた。
――バアッシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!
魔法の矢が太くなっている。
魔力シンクロ率が上昇すれば、魔法の威力も上昇する。
俺達の<
「ねえねえレイ君、何でこんなに強くなってるのかなー? ……何かあった?」
「……いや、何もない。……キングサイズベッドになって、嬉しいんじゃないのか?」
ノエミの鋭い視線に目を合わせないように、俺はもっともらしい嘘をついた。
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これにて武術大会編終了です。
本日から小説家になろう様で、新作
『大手錬金付呪店を追放された錬金付呪師、巧みな経営手腕で今にも潰れそうなボロ店を業界ナンバーワンに導く! ~俺がいなくなったら、利益大幅ダウン? 従業員を使い捨てにする悪徳店は、さっさと潰れろ!~』
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