第33話 大灯台(9)
「まだ喜ぶんは早いぇ」
ピシャリ、魔王に言われてみてみると、周りをぐるり取り囲む金色の炎の結界の外に死人が津波のように押し寄せていた。
上では赤城が春日を抱えて睨みを利かしている。
キョー助は魔王にお姫様抱っこされて海の上にいた。なんかかっこ悪いと地味に落ち込んだ。
キョー助の背中に、ゾクリと悪寒が走った。
見上げると、春日の虚ろな目がキョー助を見据えていた。キョー助の体がガクガクとふるえだす。今夜の春日はいつもより怖い。本能レベルで怖い。
たまらず魔王の胸元に顔を隠すと、魔王が「ん?どないしたん?」と微笑んでくる。こっちはいつもよりさらに可愛い。本能がゴーサインを出している。
「さてどないしよかぁ」
魔王は周囲を見下ろし考えを巡らす。魔王はもう死人たちの群れなど怖くなかった。なにを言われようが知ったことではなかった。
ただこの数はやっかいだ。十重二十重に囲まれて突破するのは簡単ではない。飛び越そうにも頭上は赤城に抑えられている。
「あきらめろ!逃げ場はない。大灯台は絶対に破壊できない!」
赤城の降伏勧告に魔王とキョー助は顔を見合わせる。
「ああ言ってるけど、実際のところどう?」
キョー助が聞くと、魔王は眉根を寄せる。
「3:7で難しいやろうねぇ」
「3割も見込みがあるのか?」
「ちゃう。成功が3%。失敗が97%やぁ」
「それ3:7とはいわねーよ……」
赤城の注意を他に逸らすことができれば活路ができる。キョー助は両手でこめかみをグリグリして考えて思いついた。
もしアレキサンドリアの姫の身になにかあれば、赤城はどうするだろうか。
それを魔王に耳打ちすると、魔王は「うん、うん……」とうなずき、いかにも魔王っぽく口角を上げた。
「それええねぇ。じゃあスイッチ取ってぇな」
「おう」
キョー助が体をよじって、魔王のポーチに手を入れる。一瞬なにも入っていないと思ったが、気がつくと手になにか触れている。手を引き抜くと、赤い起爆スイッチが出てきた。なんだか猫型ロボットのポケットのようだ。
「じゃあ行くでぇ、タイミング合わしぃや!」
魔王は大灯台に向って海の上を突進し始めた。死人たちがうごめく巨大な壁がぐんぐん迫る。
起爆スイッチを握るキョー助の手に力が入る。
ハミングするようにカウントを数えていた魔王が「いまや!」と叫んだ。
キョー助が起爆装置のボタンを強く押すと、突然、大灯台の周囲の海が爆発し巨大な水柱が上がった。
上空からキョー助と魔王を取り押さえようとしていた赤城が「あ!?」と血相を変えた。
大量に吹き上がった海水が堤防に立っていた姫を海の中へ押し流してしまったのだ。
赤城は大急ぎで大灯台のもとに降り、全神経と能力を駆使して姫の姿を探した。
赤城が姫に気を取られているその隙に、キョー助をお姫様抱っこした魔王が死人の壁を飛び越え、ゆうゆう大灯台の入り口の前に降り立った。
「なにをしたっ!」
赤城が海を凝視したまま怒鳴る。キョー助は笑って起爆スイッチを見せた。
「爆破テロ」
「こんな爆弾をいつのまに!?」
「いまそんなこと言ってる場合か?」
赤城は忌々しそうに舌打ちした。海は暗く、魔王と姫との戦いで物理的にも魔術的にも荒れに荒れていた。異世界最強の赤城といえど、ここから姫を探し出すのは簡単ではない。赤城は姫の救出に集中すべく、抱きかかえていた春日を堤防の上におろした。それをみたキョー助が驚く。
「いいのか?連れて帰るぞ?」
「いまのお前らにもそんな余裕があるのかっ?」
たしかにいまは大灯台を壊すほうが先だ。赤城が苦々しげに言う。
「何をしようが大灯台は破壊できん。たとえ魔王の力が10倍になってもな」
「じゃあ1万倍なら?」
「なに?」
赤城が一瞬だけキョー助と魔王に目をやる。
「仕込んであるからな。こんなふうに」
キョー助が起爆スイッチを押すと、海中で十数の爆発が起こり巨大な水柱が立った。
「これ以上かき回すな!!」
赤城が悲鳴を上げた。
「機雷かっ。でもこの数をどうやって、いつのまに?!」
「あと1000年もしたらこの港はナイル川が運んだ砂で埋まるらしいな」
「ああっ?」
赤城は苛立ちキョー助を睨む。
「川は港に土砂を運んでいる。だから機雷も一緒に運んでもらったんだよ」
キョー助たちはこの一週間、寝る間を惜しんで大量の機雷を川へ投げ込んできた。そのすべてが港に流れたわけではないが、十分な数をこの北の港に流し込むことができた。
「あとは機雷を一斉に爆発させて、そのエネルギーをこれに集中させたらええんやぁ」
魔王がお姫様抱っこしていたキョー助を下ろしながら、赤い爆弾を取り出すと、赤城の顔色が変わった。
「させるか!」
だがその瞬間、また海から十数の爆発と水柱が上がり、赤城の意識は無理やり海に釘ぐけにされてしまう。魔王は愉快そうに笑うと、キョー助に顔を近づける。
「ほな、行ってくるわぁ」
魔王はキョー助の唇にキスした。それは恋人のキスのようで、キョー助は照れてしまい顔をそらす。
魔王は「ふふっ」と微笑むと、くるりとキョー助に背を向け、大灯台の入り口に歩いていった。
キョー助が顔のほてりを感じながら、ピンクのフリルがフリフリとした可憐な後ろ姿を見送っていると、また、背中に氷柱が刺さったような悪寒が走った。
腹の底がざわつくような嫌な感じが、これまでになくキョー助の胸を悪くした。由木に白い車が突っ込んでいったときと同じやつか、それ以上の嫌な感じだった。
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