天敵の幼なじみからは、死んでも逃げられない

梅雨ノ木馬

第1話 ここは天国か地獄か異世界か(1)

 人は死んだら異世界に転生する。そこを天国というのか地獄というのかはわからない。しかし転生早々、でかい出刃包丁を振り回す幼馴染に追いかけられているキョー助とって、ここはまさに地獄だった。



 出刃包丁を握った幼馴染、春日涼水かすがすずみが後ろで「待てって言ってるでしょ!」と叫んでいる。だがキョー助は素直に止まれない。なぜならこの世の何より春日涼水が恐ろしいからだ。



 キョー助は下校の途中、歩道に突っ込んできた白い車とぶつかった。目を覚ますと古代を舞台とした映画の中のようなこの街にいた。



 この街はとにかく活気にあふれていた。人混みは日本三大祭りが同時開催されてるようだし、露天の食いの物や、女の香料や、男の汗の匂いなどで息は詰まりそうだし、ひとりひとりの声がとにかくでかい。


 人混みで思うように身動きが取れないキョー助の目の前で、フードをかぶった女がマッチョに突き飛ばされた。キョー助はまっすぐに駆け寄り「立てるか?」と手を差し伸べる。


 フードの女はキョー助の手と顔をじっとみたあと、キョー助の手首をガチリと握った。キョー助はギョッとした。女の手が冬の日の濡れたコンクリートのように冷たかったからだ。


「行って」


 フードの影から無機質な声がした。キョー助は驚きながらも、後ろに迫る春日の声に我に返る。フードの女を立ち上がらせ「大丈夫か?」と声を掛ける。フードの女はじっとキョー助を見上げて言った。


「なんで助けるの?」


「いまはそれどころじゃないんだ。大丈夫ならもう行くからな」


 キョー助が走り出す。だが女は芯まで冷え切っているような手でキョー助の手首をガッチリと握り放そうとしない。


「なんだよ?!」


 キョー助の声が上ずる。女は無機質な声で言う。


「行って」


「だったら離してくれ!」


 フードの女が首を横に振った。


「そっちじゃない」


「じゃあ、どっちだ」


「あなたは私が殺すの」


「え?」


 いきなりキョー助の視界がストンと垂直に落ちた。そして天地がグルンと90度回転して止まった。


 キョー助の目の前にはフードの女の足と、鮮血が滴る右手が見えた。


 何が起こったのか分からない。


 とにかく首を動かそうとした、が、動かない。

 顔を触れようとしたが手も動かない。

 声も出ない。

 全身の感覚がない。

 キョー助はフードの女に首を切り落とされていたのだ。


 キョー助はまなじりを裂くごとく目をフードの女の足から顔へと動かしていく。


 コンクリート色の素足、紺色のスパッツ、そして短く折ったキョー助と同じ高校の制服のスカートが見えた。


 女の顔はフードで隠れ、紫色の唇が小さく動くのだけが見えた。

 キョー助に何かを言ったようだが、すでにキョー助の意識は冷たい暗闇へと落ちていっていた。

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