第10話 春日涼水の異世界屋台と現地従業員(1)
町の住人たちは爆破された跡にはもう新しい屋台を立て直し始めていた。
春日は「爆発するほど美味いたこ焼きはいかがですかー」と客を呼び込み、黒ブーツの男はたこ焼きをひっくり返し、そして従業員にされてしまったキョー助は巨大タコに絞め殺されそうになっていた。
「ギブギブっ」とキョー助は自分の腕より太いタコの足をタップするが、さらにその手も締め上げられる。もう落ちるまで数秒となったとき、パシっと電気ショックが走った。巨大タコは力を失い、ぐったりと調理台に覆いかぶさる。キョー助がゼーゼー肩で息をして見ると、黒ブーツの男が巨大ダコに向かって指を突き出し、呆れ顔でキョー助を見ている。
「初歩の電撃で倒せるのに、そんなので大丈夫か?」
「俺はただの高校生ですよっ」
さっきそう太鼓判を押されたばかりなのだが、春日が振り返らずに言った。
「そんなの私でも10秒でさばけるわよ」
キョー助は春日の背中に鬼の顔を見た気がした。
黒ブーツの男がキョー助の肩に手を置くと、キョー助の息が楽になり痛みが消えた。回復魔法だ。キョー助が「ども」と礼を言うと、黒ブーツの男は手を軽く上げて応え、また鉄板に向く。
黒ブーツの男は
キョー助と同じく現代日本から転生してきたそうで、曰く「会社で四徹してたらいつの間にかここにいた」そうだ。過労死したんだろうと言うと「あと12時間は持つはずだったんだけどな」と真顔で言っていた。キョー助に対して上から目線ではあるものの、なにかと親切だった。
「なんでここ働いているんですか?」
「暇だったから」
赤城はたこ焼きを焼く手をリズミカルに動かしながら答えた。
「普段は何を?」
「勇者」
キョー助は驚いて振り向いた。赤城も振り向いて「意外か?」と笑う。
「勇者って何をするんです?」
「魔王を殺して、世界を平和にして一つにするお仕事」
「赤城さんは強いんですか?」
「戦闘力でいうと53万かな」
「ちなみに俺は?」
「そのタコに落とされるようじゃ戦闘力5だな」
「はっ、ゴミめ。でも勇者が暇でいいんですか?」
「魔王の行方がつかめなくてな。見つからないと手が打てない」
「この街の仕切りも勇者の仕事だと聞きましたけど」
「姫の手伝いをしているだけさ。皆が魔王に怯えることなく楽しく生活できるようにってな」
「その成果がこの活気ですか」
「ああ。できることをやり尽くしたからな。爆破テロぐらいじゃこの街はびくともしない」
「あの白仮面、何者ですか?」
「魔王の工作員だろう。さあ、さらわれた女も見つけるから安心して眼の前のことをやってろ」
赤城があのお嬢様のことを気にかけていてキョー助はホッとした。それでも周りを見ると不安になる。大きな爆発があったのに、誰も彼も何もなかったように笑っている。まるでこの街では倒れた人間は道端の石で、爆弾テロは祭りの花火だという感じだ。赤城が平和のためにできることをやり尽くした結果なのかもしれないが、活気とは裏腹に不気味な街だった。
頭のなかで疑問や不安が渦を巻く。キョー助はそれらを断ち切ろうと目の前の巨大ダコを睨み、包丁を振り下ろした。ズキリと首の傷が痛んだ。さっき春日に切られたやつだ。
「赤城さん、これも治してほしいんだけど……」
「オーナーがそれは治すなって」
キョー助はちらりと春日の背中を盗み見てため息をつく。そして包丁を思い切り巨大タコに叩きつけ、顔をしかめる。
「春日に付き合っていて疲れませんか?」
タコをぶつ切りにしながらキョー助が聞くと、後ろのたこ焼きをひっくり返す音が止まった。振り返ると赤城は接客をしている春日を見ていた。赤城はキョー助に見られているのに気がつくと、またたこ焼きをひっくり返し始めるが、リズムがわずかに乱れている。
「いいよな、笑うと」
「はい?」
赤城はたこ焼きを舟皿に盛り「あがったよ!」と春日に手渡す。春日が「ありがと」と笑うと、赤城の生真面目な顔が緩んだ。キョー助はタコを手に「あぁ」と嘆息した。
春日は文武両道の美少女で、人望もキョー助に百倍する。平たく言うとモテる。30歳手前と言っていた赤城が惚れても何もおかしなことはない。赤城がキョー助に顔を寄せてきた。
「お前、オーナーとはどういう関係なんだ?」
「ヘビとカエルです」
真顔のキョー助に、赤城が驚いた目になる。
「幼なじみなんだろ?」
「食物連鎖の上と下であることに変わりはないっす」
「どっちが上だ?」
「見てたらわかるでしょ」
「付き合ってるとかは?」
「ありえません」
「そうか」
赤城が小さくうなずく。キョー助が思い出して言った。
「元の世界に帰るのにあいつの協力がいるらしいんで、その間はすこし借りますよ?」
「帰る?二人で?」
「そのあたり、詳しいことはこいつから……って、あれ?」
くたびれた猫の姿をした泉が見当たらない。調理台の下、小麦粉の袋の中、屋台の外と見て回るがやはり見つからない。
「キョー助、サボるな!」
春日が怒鳴った。キョー助は落雷にあった子鹿のような顔で「お、おう」と応え巨大タコに向かい合う。
「赤城さん、つぎ2人前4つお願いね」
「はいよ」
春日は赤城には笑顔だ。春日と赤城の呼吸はピッタリで、長年連れ添ったテキ屋夫婦に見える。キョー助はというと、気配を殺してなんとか春日の意識から消えようとしていた。たこ焼きを焼いていた赤城が声を上げた。
「オーナー、紅生姜が切れそうだ」
「え?今晩は持たない?」
「微妙だな」
「じゃあ補充お願い!」
「そ、それなら俺が行っ……」
「あんたはここにいなさい!」
気配を殺していたキョー助がチャンスだと手を上げたが、言い終わらないうちにまた春日に怒鳴られた。春日は鬼の形相でキョー助を睨み、目を離そうとしない。逃走失敗。
春日はポケットから教会の護符を取り出し赤城に手渡した。赤城はキョー助の肩を叩いて屋台から駆け出していく。キョー助は春日がすでに教会の護符を持っていることに驚いた。
「つぎ、4人前3つと2人前6つ。早く!」
春日が鬼軍曹のように指示を飛ばし、キョー助はイエッサーと取り掛かった。幸いどうすればいいかは知っていた。鉄板に手をかざして温度を確かめ生地を流し込む。合間にタコを茹で、一口大に切り、次の生地を作る。客は途切れず休む暇はない。
それでもキョー助はなんとか一人で調理を回していたが、おもわず「春日といい由木といい、俺のまわりにはこんなのばっかりか……」とボヤキが漏れた。と、ゾクリと全身に悪寒が走った。顔をあげると接客をしていた春日が目を日本刀のように光らせてこちらを睨んでいる。キョー助の全身がガクガクと震えだす。
春日は包丁を叩きつけるような声で「替わりなさい」と命令し調理に回った。すると屋台の回転率が一気に上がった。料理研所長の名は伊達じゃない。キョー助の負荷も増えたが、接客は思ったより楽だった。注文を聞いて品を手渡す。基本的にはこれだけだった。教会の護符のおかげで会計の手間がまるまる省かれている。
しかし春日がキョー助に楽をさせるはずもなく、片時も目を離さずに「声が小さい!」「笑顔で!」「ブサイク!」と怒鳴ってきた。春日に指示され貶されなれての接客は3倍キョー助を疲れさせた。
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