第35話 溢れる死、零れる想い(1)

キョー助は固く冷たい床の上で目を覚ました。


 薄汚れた石造りの天井がぼんやり浮かび上がる。右へ左へゆっくり見回すと、そこは暗く埃っぽい石造りの空間で、キョー助が今まで2回生き返った場所だった。またかという鬱屈と生き返った安堵に息をつく。


 息を吐くと違和感があった。空気がすこし生臭い?


 考えようとするが頭がはっきりとしない。思考がうまく噛み合わない。順に思いだそうと目を閉じると、瞼の裏に血に塗れたピンクのボロ布と、春日の透明なガラスの影のような冷たい目が蘇った。キョー助は魔王が殺されたこと、そして春日を抱いて自爆したことを思い出した。


 上体を起こすとポケットからコトンと何かが落ちた。魔王の爆弾だった。黒く光る球体がカラカラと転がるのを眺めながら、キョー助は「あれ……?」と呟いた。


 魔王は死んだ。それなのに、なぜ、まだこの異世界は存在しているのだろう?魔王が倒されれば、この異世界はRPGのように終わるはずではなかったか?


「もしかして」


 かすかな期待に声が明るくなる。


「死んだわよ」


 だがキョー助の期待に冷水をかけるように無機質な女の声がした。キョー助の正面の暗がりから、制服の下にスパッツを履き、左腕を失っている女子生徒、由木三星が現れた。


「魔王は死んだわ。生き返らせる者もいない」


 由木が自動音声のように告げると、キョー助は「そうか」と力なく天井を仰いだ。由木はじっとキョー助を見て、ポツリと言った。


「あなたはまた生き返ったのね」


「そうみたいだな」


「どうしたら死んでくれるの」


「おいおい、生き返ったばかりなのに、そんなに俺に死んでほしいか」


「ええ」


「まあそう言わずにまたよろしく……」


 キョー助はそこで言葉を飲んだ。暗がりの中で血に赤く濡れた唇が戦慄いていた。由木が肩を震わせ、拳を握り、血が出るほどに唇を噛んでいたのだ。


「どうして……」


「?」


「どうしてよ!!」


 絶叫。無機質で顔色も声音も死者のようなあの由木が感情を爆発させた。


 由木はキョー助に飛びかかり、突き飛ばし、腹に馬乗りになり、右手で首を掴み、石の床に叩きつけ、ねじ切らんと締め上げた。


 また殺される!


 キョー助は必死に腕を振りほどこうとするが、由木の右腕は石の柱のように冷たく、びくともしない。意識が割れそうなほどの痛みと苦しみ。首の骨が聞いたことのない音を立ている。あの冷たい暗闇が口を開けている。


 なのに不思議なことに怖くなかった。死の際にありながら妙に落ち着いている自分に気がついて、知らずキョー助の顔が緩んだ。


「っ!」


 笑われたと思った。由木のコンクリートのような色の顔にかっと朱が差し、首を掴む右手の筋肉が一気に膨れると、キョー助の首は鈍い音とともにあっけなく折れた。キョー助の体が一瞬跳ね、冷たい床にだらんと投げ出された。


 由木は激しく息を乱し肩を大きく上下させて、自分の右手を見た。またキョー助を殺した。自分の右手が不気味な異物に見えた。由木はうつむき肩を小さく震わせる。噛み殺した嗚咽が暗い空間に吸い込まれていく。


 

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