第25話 大灯台(1)
人気のない路地で、キョー助は真上に浮かぶ歪んだ月を仰ぎながら何度目かのあくびを噛み殺した。キョー助はここ1週間、大灯台爆破テロの準備であまり寝ていない。
決行は今夜。まずキョー助が王宮を奇襲。春日を奪還し赤城の注意を引き、その隙に魔王が大灯台を爆破する手はずだ。
キョー助は王宮裏の路地に潜み、大きな袋を枕にして、作戦開始時刻になるのを待っていた。袋には魔王謹製の爆弾が詰まっている。傍らには泉が猫の体を丸めて休んでいる。路地に人気はなく、身を潜めるにはちょうどよかった。
ここを教えてくれたのは魔王だ。さすがひとりでテロを繰り返してきただけある。
この場所まではアジトから歩いてきた。日本だったら職質を受けていただろう挙動不審ぶりだったが、誰も彼も馬鹿騒ぎするのに忙しく、キョー助に気に留める者はいなかった……はずだ。
しかしさっきから誰かに見られた気がしてならない。誰かと目が合った気がする。深い青色の目を見た気がするが、それ以上思い出そうとすると、深い青色の瞳はすぐに記憶のモヤの向こうに隠れてしまう。さっきからこの繰り返しで落ち着かない。
由木はまだ姿を見せていない。由木にはキョー助の脱出のサポートを任せた。由木はキョー助が危険にさらされるからとこの計画に反対していたが、キョー助が「俺を殺したい割に妙な気を使うんだな」と言ったら、黙って出ていってしまった。まあ作戦開始まで時間があるし、由木もそのうち出てくるだろう。キョー助はまたあくびを噛み殺した。
「彼女いるか?」
キョー助が歪んだ月を見ながら泉に声をかけた。
丸まっていた泉は首をあげ、たっぷり3回まばたきした。
「どうしたんです、急に?」
「モテるんだろ、お前」
「それなりには。しかし誰とも交際はしていません」
「なんで?」
「痴情がもつれるんです。僕の目の届くところ届かないところで」
「みんなに好かれる仕事というのも大変だな」
「気を使います。仕事に支障を出すわけにも行きませんし」
泉は顎を両前足の間に埋めてため息をついた。泉の仕事は春日や俺を監視することだ。監視をする人間がトラブルを起こして目立つわけにはいかない。泉は世界を守るという任務をストイックに努めてきた。なのに……。
「世界が73回改変されてきたって聞いたとき、どう思った?」
キョー助が月を見たまま聞くと、泉はさらに深いため息をつく。
「怖くなりました」
キョー助は上半身を起こした。泉は少しキョー助と目を見ると、またため息をついて続ける。
「こうみえて僕は使命感に燃えていました。それなのに世界の改変に気づきもしなかった。自分の無力さに乾いた笑いもでません。僕たちはいてもいなくてもよかった。そう考えるととても怖いです」
泉は力なく笑う。キョー助は爆弾が詰まった袋に頭を投げ出し、また月を見上げた。
街の喧騒は遠く、あたりは月がのぼっていくのが見てわかるほどに静かだ。
「俺達はゲームのNPCみたいなものか」
キョー助が呟くと、泉は吹き出した。
「キョー助くんは違うでしょう。春日さんはキョー助くんを生き返らせるために世界を改変し続けてるんですから」
「ならお前は自分のことをどう思っている?」
「僕はNPCのように替えが効くかもしれません。でも神様視点から自分を見て冷笑するのは趣味じゃありません。神様がどう思うと僕は僕ですから」
キョー助は眩しそうに泉から目を背けて、ため息と一緒にぼやく。
「あいつはなぜ俺にこだわる」
「好きだからでしょう」
キョー助は笑おうとしたが、泉は真顔で言葉を続ける。
「想い人は永遠であってほしい。自然なことです」
キョー助は鼻を鳴らす。
「古今東西、そういうカップルはこの世に絶望して、永遠とやらを求めてあの世にいっているけどな」
「春日さんが異世界を作る理由もそのあたりにあるかもしれませんね」
キョー助は顔を苦みばしらせた。
「それならなぜ繰り返す?70回以上も」
泉はフムと肉球を顎に当ててしばらく考えて言った。
「異世界と現実世界との違いのためでしょうか」
「魔法が使えるとか、空を飛べるとかか?」
「いえ、重要なのは異世界の時間がゲームのように閉じていることです。ゲームの世界はある結末に収束し、そこで終わります。現実世界ではありえないことです。そしてこの異世界はキョー助くんを生き返らせるために作られました」
「魔王が勇者に殺されてこの世界がエンディングを迎えると、俺は現実世界に生き返るというのか」
「おそらく。魔王を裏切りますか?」
泉の猫の黒目がすっと細くなった。キョー助は意外そうに問い返す。
「いいのか?現実世界がまた改変されるぞ?」
「もう73回も改変されたのです。それならキョー助くんがいる世界のほうが良いです」
「それはありがたいが、魔王を裏切るつもりはない」
「なぜですか?」
「一人ぼっちの美少女をほっとけないだろ」
泉は笑ってしまった。キョー助はムッと泉に非難の目をむけるが、泉の笑いはなかなかおさまらない。
「なんだよ?」
「いえ、かっこいいなと思って」
「馬鹿にしてるのか?」
「まさか。自分の命より美少女を優先するなんてなかなかできませんよ」
「ただの点と線の塊になりたくないだけさ」
「春日さんは、キョー助くんのそう言うところが殺したいほど好きなのかもしれませんね」
「まったく笑えん……」
キョー助は大の字に寝転がって高く登った歪んだ月をみる。泉は春日がキョー助に好意を持っているというが、キョー助には実感がない。
それはそうだろう。春日はキョー助が死んだことを覚えていない。おそらく73回のキョー助の死を全部忘れてしまっている。まるでいままでに壊してきたおもちゃの数を覚えていないように。それを好意だというなら、かなり歪んでいる。
歪みはそれだけではない。春日は美人で文武両道で人望がありモテる。だが泉をはじめ地球のほぼすべての人間が、春日の気まぐれで改変されたり消されてたししている。そんななかで得た人望に意味はあるのかないのか。
春日にもてあそばれるキョー助たちに意味はあるのかないのか。そんな世界で好きだと叫んでも、それは誰かに届くのか。
歪んだ月を見上げて、キョー助は深く長い溜め息をつく。
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