第21話 ただの点と線の塊(2)
「お前が見せたかったのはあれか?」
キョー助が背後の由木に大声でいうと、由木は無言でうなずいた。
「私達がいた世界にもあれが現れた」
「現れて、どうなった?」
「世界が滅び始めた」
キョー助は首をねじって背後を見た。由木は自分のことをこの異世界とも、現代日本とも違う、別の世界の存在だと言っていた。本当だったのか?
「それまでずっと平和だったのに、どんどん混乱して。そんなときに春日とあなたが現れた」
世界滅亡の回想に自分の名前が出てきてキョー助は驚いた。
「俺達がなにかしたのか?」
「何もしなかった。8年前、あなたの73回の死の一回目。春日はあなたを生き返らせるために私達の世界を利用した」
「ちょっとまて。それは泉の説明と違う。あいつは春日が現実世界を静止させて、その上に異世界を作ったと言っていたぞ?お前の言いようだとはじめから現実世界とは別の世界があったようじゃないか」
「私達には、世界がずっとあったのか、それとも1秒前に作られたのか区別できない」
キョー助は頭が痛くなってきて、こめかみをぐりぐりマッサージしながら言った。
「俺は本当に70回以上も死んだのか?」
「あなたは73回死んだ。春日はその度にあなたを生き返せて、あなたの死がなかったように世界を改変してきた」
「証拠は?」
「ない」
キョー助の頭痛がひどくなる。
由木の話をデタラメだと一蹴したいところだが、それができない。なぜなら魔王も同じことを言っていた。それにキョー助にもその思い出がおぼろげながら残っていたからだ。
春日との思い出といえば、ままごとの箸を無理やり飲まされたような痛みや、もふもふのぬいぐるみを顔に押し当てられて窒息する苦しみとか、一口で昏倒するたこ焼きの恐怖とか、そんなのばかりだ。これらが魔王がいうところの死の記憶、心の傷なのかもしれなかった。本当い頭が痛い。
キョー助は由木を見上げた。
「おまえはどうやって日本に来たんだ?」
「あなたが私の手を引いた」
「うそ?」
「私達の世界が滅ぶ時、春日の目の前に黒い裂け目が開いた。あなたは私の手を掴んで言ったの。大丈夫かって。そして私を裂け目の中に引いて現実の日本に連れていってくれた」
何をやってるんだ小学生の俺は。キョー助は過去の自分に毒づいた。だが、この異世界に来てからすぐに同じことを由木にしたことを思い出して、すぐに小学生の自分に謝った。
「お前の家族とか、友達とかはどうした」
「いなくなった。以来私は生きていないし死んでもいない」
「お前が俺を殺したがるのは、それが理由なのか?」
「……」
由木は口をつぐんだ。表情は冷たく無機質だった。しかたなく、キョー助は話題を変える。
「春日はどの程度世界を改変したんだ?」
「物理法則や定数は同じ。歴史や世界情勢も変えられていない」
「じゃあ害は少ないのか」
「記憶操作など軽微なものを含めると約50億人が改変されている」
「地球規模の実害じゃねーか!」
「特にあなたに関係する人間は大きく改変がされている」
「何をされた?」
「存在を消された」
「え……?……誰が?」
「それは……」
それまで無機質に淀みなく語ってきた由木が、はじめて逡巡を見せた。キョー助は固唾をのんで続きを待つ。由木の口が再び、幾分重く動いた。
「あなたの家族」
「……」
「春日は彼女の両親も消した」
「……なぜ?」
「わからない」
奇妙なことにキョー助は由木に言われるまで、自分に家族がないことに気がついていなかった。普段から春日のことで頭が一杯でそれどころではなかった、というのが素直な感想だった。
「春日は、自分自身も改変しているのか?」
「?」
首をかしげる由木を上に見てキョー助が続ける。
「あいつ、こっちで俺を見ても驚かなかったんだよ。死んだ人間がそこにいたら、少しぐらい顔に出そうなもんだろ?」
「春日涼水の存在は普遍で不変。改変されることはない。春日があなたの死を覚えていないなら、それは改変ではなくて記憶障害の一種かもしれない」
「つまり都合よく忘れているということか」
キョー助はため息をつくと海に伸びる裂け目に視線を吸い寄せられた。現実感が危うくなるような不自然な黒。完全な黒。
ふいに既視感がやってきた。あの非現実的な黒を見たことがある気がした。どこで?さっきから手がずっと震えたままだ。
ああ。キョー助は力なく苦笑した。あの暗闇にそっくりだ。裂け目から見える黒は、あの冷たく静かな死の暗闇とよく似ていたのだ。
由木が高度を下げ始めた。このアレキサンドリアの街の何処かに春日がいる。春日はキョー助を生き返らせる度に人々を書き換えてきた。両親すら消してしまった。ずっとそうして生きてきたというのか。
キョー助は、なんとなく黒い裂け目の向こうが冷たい宇宙空間に思えた。宇宙すべては春日の一存で決まる。だとすれば春日は広い宇宙でひとりぼっちなのかもしれない。
眼下のアレキサンドリアはきれいに区画整理され、相変わらず人々がせっせと動いている。しかしその眺めは、もうキラキラとはしていなかった。方眼紙のような街は無意味な点と線の集まりに見えた。沸騰するような活気はノイズに感じた。それは飽きたゲームを無理やらされているときのような、つまらなくてムカつく眺めだった。
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