第18話 自称魔王様はひとり地獄で微笑む(7)

「さて、約束通りあんたにはうちの手伝いをしてもらうんやけど、その前に、うちと赤城はんのこと話しておこうかぁ」


 魔王は椅子に腰おろし3人の客に語り始めた。キョー助が妄想と懸想との境で聞いた話はこんな内容だった。


 3年前、魔王たちは勇者赤城に殲滅された。魔王は運良くひとり逃れると、このアレクサンドリアに身を隠した。なぜか住民たちは魔王を幽霊のように扱っていたが、隠れて生きていくには都合がよかった。


 言い伝えによると、姫に祝福された勇者が魔王を討つと、世界は一つになり完全な平和が訪れるという。勇者の力は姫の想いに応えるほど大きくなる。

 赤城は姫に祝福され勇者の力を得た。そして異常が起こり始めた。


 異常の1つめが死人だ。死人は他の住人からは認識されず、港や地下で働かされている。それまでの奴隷労働力とは明らかに異質だった。


 異常の2つ目が赤城の強さ。赤城は魔王の兵と民105万1598人を7日で皆殺しにした。それもたった一人で。「神の雷というんは、ああいうのなのかもなぁ」そう呟いた魔王の肩は小さく震えていた。


 勇者の力は姫の願いに応えただけ強くなる。だが、何を願い、どう実現させればあんなことができるのか。魔王はその謎を解く鍵が死人だと見ている。以来、ひとりこの街で死人と資料を集め調べを続けていた。


 泉が質問した。


「由木さんとはどこで会ったのですか?」


「街の北東、赤城はんと姫が住んでる王宮の近くや。図書館からの帰りに、倒れていたのを死人やと思うて拾ってきた」


「図書館?ムーセイオンのですか?」


「せや。世界で一番大きな図書館やからな。よう資料を借りてくるんや」


「借りてくる、ですか……」


 泉は魔王の部屋を埋め尽くす文書をみて苦笑した。古代アレクサンドリアの図書館は王家に認められた研究者しか利用できない。少なくとも現実世界ではそうだった。


 なぜ由木は王宮の近くで倒れていたのか。泉にはその理由にも見当がついた。由木は赤城を殺そうとしたのだろう。赤城の存在はこの異世界時空間とリンクしている。彼を殺せば異世界は崩壊し、キョー助の死が確定する。由木はキョー助を殺せないことがわかると、目標を赤城に切り替えたのだ。泉はこれは魔王に教えるべきではないと黙っていることいした。


「幽霊なら貴重な文書も借りたい放題やねぇ」


魔王が笑うと、キョー助が半ば呆けた顔で質問した。


「幽霊扱いの理由はなんだ?」


「わからへん。ただ……」


「ただ?」


「この街で、うちらのことを話している人間を見たことがないんや」


「それは奇妙だな」


 赤城は世界を平和にするために魔王の行方を探していると言っていた。ならばその話題も自然と巷にでてくるはずだ。

 赤城の行動も奇妙だ。なぜ100万を皆殺しにしながら魔王だけ取り逃がしたのか。なぜ魔王の居場所を突き止められていないのか。眼の前で魔王がテロを起こしたのに、のんきにたこ焼きを焼いていたのか。赤城の行動はちぐはぐだ。


「魔王は泳がされているとか?」


 キョー助がいうと、魔王も頷く。


「でも理由がわからへん。うちを殺せば即ハッピーエンドやのになぁ」


「いや、赤城さんには得るものあった」


「それは?」


「春日涼水」


「カスガ……、ああ、あんたと赤城はんが揉めとったあれか。でもそれは違うと思うで」


「どうして?」


「勇者が最後に結ばれるの姫と決まっているから。そう言う約束で力を得ているんやでぇ」


 魔王を倒したら勇者と姫が結ばれる。なるほど、ファンタジーのお約束だ。だが赤城は春日に惚れてしまっている。浮気をした勇者はどうなるのだろう?


魔王がキョー助に聞いてきた。


「赤城はんから姫の願いが何かきいてへんか?」


「住人が魔王に怯えずに楽しく生活できることらしいぞ」


「ハッ、そんな真っ当でつまらん願いで、あんな異常な力が顕現するわけないやん」


「姫ってどんな人?」


「美人で善人。天使や女神やいうて崇められるわぁ」


「それなら真っ当な願いでもおかしくないだろ」


 魔王は唇を赤い舌でちろりと舐める。


「それでもあれは人間や。必ず裏がある。特に王族みたいな見栄で9割できてるような人間ほど、裏は毒で真っ黒や。王宮なんてそういう毒を浄化する施設みたいなもんやしなぁ」


「夢がないなぁ」


 

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