第17話 自称魔王様はひとり地獄で微笑む(6)
「73回」
二人の後ろから無機質な女の声がした。見ると由木が立ち上がっていた。薄暗がりの中、フードを取り、刺すような目を鈍く光らせてキョー助を見ている。死神に見えた。
「73回って……何がだ?」
キョー助が恐る恐る聞く。由木は無機質に答える。
「あなたが死んだ回数」
「お、お前は何を言って……」
「あなたは春日涼水に73回殺されて73回生き返っている」
ピシャリとキョー助に軽口を許さなかった由木の目は冗談を言っているものではない。キョー助の視界がぐらりと揺れる。
「ありえません!僕たちはずっとキョー助くんを監視してきました。ですがそのような記録は残っていません!」
それまで話を聞いていた泉がたまらず声を上げた。だが由木は静かに首を振る。
「世界も73回改変されてきた。記録も記憶も物理現象レベルで改変されてきた」
「ならば由木さんの記憶も改変されているはずでしょう?」
「私は改変の影響を受けないから」
「なぜです?」
「私は動く死体だから。別の物理法則が支配する世界から来たから」
泉の足がよろめいた。魔王は「へぇ……」と目を細めている。当の由木は変わらず薄暗い廊下に立ち、静かに無機質にキョー助だけを見つめていた。
宿屋の一番奥の客室が魔王の部屋だった。
魔王は「まあ楽にしぃ」と座るよう促すが、キョー助と泉は顔を見合わせた。足の踏み場がないのだ。
部屋は10畳ほどあり、ドアを入って正面に厚いカーテンが引かれた窓と二人がけのベンチ、左の壁にはこじんまりとしたベッド、右の壁には大きな机と棚がある。机の上にはランプが灯り、パピルスの文書が山を作っている。棚には文書の他に人骨やら鉱物やらどう使うのかわからない精巧な道具やらが突っ込まれていて、しかもそれらが部屋の床全体に溢れ出していた。中には機雷のようなものまである。
泉が文書の合間から見える置物や機雷の上をトントンっと跳ねていき、窓の前のベンチに居場所を確保した。
キョー助も泉に続こうと床に広がる文書の上に足を置く。すると足がズズっと膝まで文書のなかに飲み込まれてしまった。
「!?」
キョー助は床が抜けたのかと思い慌てて右手をつく。だがその手もズズっと飲み込まれた。思いがけないことにバランスを崩し倒れると、体が文書の中へと飲み込まれ沈んでいく。 キョー助は血相を変えた。部屋の床が抜けたとかそういうのではない。そこは文字通りの文書の底なし沼だった。
キョー助が首まで文書の沼に沈むと、由木がキョー助の頭を掴んで沼から引き上げ、ベッドに放り投げた。魔王は腹を抱えて笑っている。
「ごめんなぁ、資料が入り切らへんからちょぉっと細工してたんやけど、あんな必死な顔して……」
魔王はこらえきれなくなってまた笑い転げる。だがキョー助はそれどころではなかった。ベッドの上に女物の服のような、下着のようななにかが少し見えていたのだ。シーツが少し乱れている。石鹸のような、妖しい香のような、危険な毒のようなとてもいい匂いがする。
それらがどうしようもなくベッドに横たわる美少女のエロい姿を想像させたのだ。
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