第19話 自称魔王様はひとり地獄で微笑む(8)

するとそれまで黙っていた由木が「あっ」と小さく声を上げた。そしてパーカーのポケットから何かを取り出し、キョー助に向かって放り投げた。


 ベッドの上に転がったそれは白い石板だった。表面には細かい文様がびっしりと刻まれていて教会の護符とそっくりだ。キョー助が石板を魔王に渡すと、魔王は目だけ由木に向けて尋ねた。


「これをどこで?」


「王宮の中。神殿みたいなところで」


「ふぅん……」


 魔王はしばらく由木を見ていたが、やがて石板に目を戻した。


「他になにかなかったかぁ?」


「似たような石板がたくさんあった。部屋の真ん中の祭壇に天秤みたいなものがあった」


 魔王は石板を机の上に置き、引き出しから取り出したハンマーを思い切り叩きつけた。ガギンという硬い衝撃音にキョー助は思わず耳をふさいだ。魔王はハンマーを叩きつけ続けたが、机の上の石板にはヒビ一つ入っていない。


「ということはぁ……」


 魔王は呟くと、床に広がった文書の海に腕を肩まで突っ込んだ。床に広がる文書がざざざとざわめき、流れはじめた。流れは勢いを増していき、大きな渦巻きを作る。


 魔王がさらに腕を押し込み、渦の中で手応えを得ると、一気に引き抜いた。手には十数枚のパピルスが掴まれていた。魔王はそれらに目を走らせ、つぎつぎに投げ捨てる。すべてのパピルスを読み終えると魔王は勢いよく立ち上がり、ドアの前の由木を突き飛ばして部屋を飛び出した。


 キョー助たちも慌て部屋から廊下へと出る。廊下には魔王の姿はすでになく、階段を駆け下りていく音がする。キョー助もつづいて暗く急な階段を踏み外さないようにやっとのことで降りていく。


 一階に出ると、魔王はフロアの中を忙しく歩き回っていた。「たしかここらへんに……」といいながら、吊り下げられた死人たちを一人ひとり見て回っている。


「めんどうや」


 魔王はピタリと動きを止めると、ハート型のポーチを手荒に開け、中からメカニカルなスイッチを取り出した。見ていたキョー助は嫌な予感に襲われ「おい!?」と叫ぶ、が、魔王は構わずボタンを押し込んだ。


 すると天井から吊り下げられていた十数の死人たちの頭部が同時にボンと吹き飛んだ。


 泉が目を覆った。由木の表情が強張る。禿げたおっさん二人と痩せた女は泡を吹いて倒れた。そしてキョー助は眼前の魔的な光景に陶然としていた。


 死人の頭の破片がバラバラと床に散らばり、その上から赤黒い血が細く力強く降り注いでいる。


 深い夜の闇の中、悪夢の中にランプが4つ灯っている。


 一つのランプは死人の血がテーブルに血溜まりを作り、飛沫を上げ、滝のように落ちていく様を浮かび上がらせた。


 一つのランプは床が、空間が、赤く赤く侵食されていくさまを浮かび上がらせた。


 一つのランプは泉たち観客の青ざめた顔を浮かび上がらせた。


 そして一つのランプは血の海のなかの魔王の姿を浮かびがらせた。


 金髪縦ロールで、フリルがフリフリのピンクのワンピースを身につけ、ハート型のポーチを下げている、西洋人形のような白い顔に赤い瞳をした美少女が、赤黒い流れの只中で、赤く侵食されていく空間の真中に立っている。キョー助は魔王の姿に目を奪われていた。彼女の一挙手一投足に目を見張った。


 魔王の手のなかの石板が割れていた。魔王は「ふふっ」と笑いキョー助に振り向いた。


「みてみて!やっと見つけた!赤城はんの呪いの手がかりや!」


 それはとても無邪気な少女の笑顔で、赤黒い血と死肉のなかに白い花が可憐に咲いたようだった。


 魔だ。魔だ。これは魔だ。


 目の前にあるのは惨憺たる地獄でありながら、キョー助はその地獄から目を離すことがができない。地獄ではしゃぐ少女から目が離せない。この地獄で最も美しい彼女こそ、まさに魔の王だ。


 キョー助は魔王の姿に喝采を叫ぼうとし、そして電池の切れた人形のように倒れてしまった。

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