第3話 ここは天国か地獄か異世界か(3)
「順を追って説明しましょう。はじめにボクはある国際組織の特殊能力者です。その組織は世界を改変する力を持った人物の監視とフォローを目的に作られました。
おや?こめかみを押さていますが、頭が痛いですか?でも事実です。
我々人間はみな世界を改変する力を持っています。この力が同じ方向に集中したとき世界は変わります。歴史はこの力によってそれまでの真実が覆されてきたことの繰り返しです。現代では神すら死亡宣告を受けたでしょう?
ひとりひとりの世界改変の力は非常に小さいのですが、極稀に一人で世界を変えてしまう力を持った人間が現れます。救世主などと呼ばれる存在で、有史でも数人しか確認されていません。
その救世主が21世紀の日本に現れました。しかもその力はこれまで現れた救世主たちよりもはるかに強いものでした。
各国の首脳は慄きました。暗殺も計画されました。しかし触らぬ神に祟りなし。結局は静観せざるをませんでした。
ボクはその救世主を監視するためにキョー助くんと同じ学校に入学したのです。幸いなことに、これまで世界改変は行われませんでした。
しかし平和は一瞬で崩壊しました。キョー助くんが白い車に轢かれ、心停止と同時に世界は一瞬で改変されてしまったのです」
ここで泉は一旦言葉を切り、右の前足を器用に使って顔を掃除し始めた。キョー助は両のこめかみを親指と中指でマッサージして考えていた。泉の話がどうも腑に落ちない。
「なぜお前は俺の心停止の時刻を知っている?」
「キョー助くんも我々の監視対象だったからです」
「俺がそのヤバイ救世主だっていういのか?」
「それは違います。キョー助くんはごく平凡な、取り柄のない、どこにでもいる普通の高校生です。間違いありません」
「そ、そうか」
キョー助は自分の平凡さに太鼓判を押されて、地味に落ち込んだ。
「キョー助君が監視対象になったのは、救世主に大きな影響を与えうる存在だからです。実際、キョー助君の事故死が引き金となり、救世主は世界を改変してしまいました。それも現実世界の上に異世界を作ってしまうという、想像を遥かに超える形でです」
「改変された現実世界はどうなっている?」
泉の声が沈鬱になる。
「止まっています。人間、動物、都市機能、星辰、物理法則、現実の世界を構成するほぼすべてが文字通りに止まりました。だから静かなものですよ。
現実世界のボクも凍りついていますが、特殊能力で精神をキョー助君と同調させ、なんとかこの姿をここに送り込んでいるのです」
「世界が止まったままだとどうなる?」
「宇宙ごと消失するでしょうね」
猫の姿の泉はそういって力なく笑う。
「その救世主の目的はなんだ?」
「キョー助君を生き返らせることでしょう」
「え……、俺、生き返れるの?」
キョー助は声を弾ませた。
「ええ、残念ながら……」
泉は声を沈ませた。
「なんで嫌そうなんだよ!そんなに俺が嫌いか!」
キョー助が泉の両前足を掴み持ち上げると、泉は首と尻尾を大きく横にふって否定する。
「違います!考えてみてください。現実世界で死から蘇った人間がいましたか?丘で処刑された救世主は蘇ったらしいですが、実際に確認された事例はありません。
僕たちの現実世界では人は例外なく死にます。言い換えれば、死は現実世界が現実であるための条件なのです。もしキョー助君が生き返ると、その世界は僕たちがいた世界ではなくなってしまいます。
キョー助君の死に関係したあらゆる事象が書き換えられるでしょう。白い車を運転していた男性の存在も、下手をすると白い車を実現させる物理法則すら書き換えられます」
「つまりだ、いまの俺のはそのヤバイ救世主が作った異世界で死んでもいないし生きてもいない状態にされているんだな?そのせいで現実世界は止まってしまった。この異世界を壊すことができれば現実世界もまた動き出すということか」
「意外と理解が早くて助かります」
キョー助は「意外は余計だ!」と泉の両前足を握り思い切り振り回す。
泉はイケメンの姿のときには想像できない愉快な悲鳴を上げたが、解放されるとキョー助の正面に座り真剣な顔で言う。
「キョー助くん、あらためてお願いします。現実世界を救うために、この異世界を壊してください」
「自分で何を言っているのか、わかってるよな?」
「もちろんです」
泉がまっすぐにキョー助を見て頷くと、キョー助は盛大にため息をついた。
この異世界を壊せば、現実世界の時間は動き出す。そして生死が保留されていたキョー助の時間も動き出す。キョー助は現実世界で白い車に轢かれて致命傷を負っている。
つまり泉は現実世界を救うためにキョー助に死んでくれと言っているのだ。
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