第30話 大灯台(6)
「魔王が危ない」
由木がはるか前方の夜の海に目を凝らしながら呟いた。
「は?」とキョー助も同じように前方を見たが、黒い虚空しか見えない。街を昼のように照らしていた火柱が突然消えてから、まだ目が慣れていない。
だが由木の目は大灯台で起こっている事態を捉えていた。
「殺されかけてる」
「誰が?」
「魔王が」
「まさか!」
赤城さんがもう大灯台に!?キョー助が声を上げようとした時、突然由木が垂直に落下した。
まだ目が見えていないキョー助は驚き、混乱し、「ぎぎぎっ……」と急激な加速度の変化に歯を食いしばる。分厚い風圧に顔を押しつぶされながらも目を開けると、暗がりに慣れてきた目の前に地上の建物が飛び込んできた。
ぶつかるのかなぁ。観念したキョー助は妙に醒めていたが、由木は衝突スレスレのところで停止。すぐさま抱えたお荷物たちを建物の影に引っ張り込んで身を隠した。
「静かに!」
フリーフォールとF1マシンに立て続けに乗ったように耳の奥を揺さぶられてリバースしそうなキョー助の口を、由木の右手が塞いだ。
キョー助は息ができなくなって目を白黒させたが、同時に下半身では「冷たい女子の手もいい」と不埒なことを考えていた。
男子高校生の煩悩など知らず、由木は上空を警戒していた。見ると一本の光の筋が南から北に向かって走った。その直後に轟と戦闘機のような衝撃波が襲いかかり、街のあちこちを破壊し頭上から瓦礫を降らせた。
由木に口鼻を塞がれたままのキョー助は、そろそろ窒息死しそうだったが、由木は赤城に気を取られ手を離してくれそうにない。
このまま殺されてはたまらないと、キョー助は口をふさいでいる由木の手をチロリと舐めた。舌のさきにザラリとしてひんやりとした肌が触れると、由木は「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げてキョー助から飛び退いた。
キョー助は口が自由になったのに息をするのを忘れて驚いた。無機質で冬の日の濡れたコンクリートのように冷たくキョー助への殺意を燃やす由木が、あんな女子らしい反応を見せるとは。
由木はフードで顔を隠し、肩をプルプルと震わせ右の拳を固く握ってる。まずい。キョー助がごまかそうと「美味しかったかな」と言うや、直後、顔面にこぶし大の瓦礫が飛んできた。
「いまのは?」
「赤城」
額のコブをさするキョー助に、由木はいつもの無機質さに鋭利さを加えた声で答えた。キョー助は一歩由木から後ずさる。
「さっきのが赤城さんなら、魔王は誰に殺されかけてるんだ?」
「女」
「!?。そいつは美人か?」
「……奴隷を鎖につないでる」
由木はキョー助をジトッと冷たい目で睨んで答えた。しかし由木はキョー助の顔を見て息を呑んだ。キョー助の顔に凶事を連想させる濃い影が差し、まるで別人のように見えたからだ。
キョー助は焦っていた。由木がみた美女と奴隷。それはアレキサンドリアの姫と春日涼水だ。そのタッグが赤城にしか倒せないはずの魔王を殺そうとしている。まずい。本当に嫌な感じがする。
キョー助は由木の両肩を掴んだ。
「急いでくれ!」
「でも……」
「いいから!!」
キョー助の怒鳴り声は、由木に有無を言わせなかった。由木は表情を作り直すと、正面からキョー助に抱きついた。
「飛ばすから、しっかりつかまって」
「ああ」
キョー助も由木の背中に両手を回しガッチリと抱きしめた。一瞬、由木の息が止まる。すぐさま泉がキョー助と由木の間に猫の体をねじ込んでくると、少しだけ息を吐くことができた。
「行くわ」
由木が地面をけると、抱き合った二人はロケットのように大灯台へと飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます