第7話 狂騒と静寂の古代都市(2)

街の喧騒と騒音の中に戻ってくると、泉がキョー助に聞いた。


「どうして春日さんはキョー助くんの天敵なんですか?」


「やぶから棒だな。お前たちならそのくらい分かっているんじゃないのか?」


「いくら監視をしても心の中まではわかりません。春日さんはなかなか素敵な方だと思いますが?」


「どこが?」


「まず文武両道の美少女です」


 キョー助は泉を白い目でみるが、泉はキョトンとしている。


「違いますか?」


「お前は熟女推しだろ?」


「熟女は最高です。この街にはボク好みの熟女はなかなか見当たりませんけど」


 泉はキョー助の肩の上から、街の人混みを見渡しながら言う。たしかにキョー助たちの周りで大騒ぎしているのは若い男と女ばかりだ。


「でも美少女を美少女だと評価するのはまた別ですよ」


 キョー助は仏頂面で「ふん」と鼻を鳴らす。確かに春日涼水は美少女だ。たとえ出刃包丁を手に鬼の形相で追いかけてくるような女でも、美少女であることにはかわりない。


「あと春日さんは料理上手です」


「そうなのか?」


「ご存知でしょう?」


「あいつのまともな料理なんて食べたことがない」


「まさか、ご冗談を」


 本気で驚いている泉に、キョー助が諭すように言う。


「泉よ。うまい飯を作ってくれる幼馴染なんて幻想だからな?」


 それでも泉はまだ信じられないという顔だ。


「キョー助くんは春日さんが僕らの高校の料理研所長なのはご存知ですよね?」


「ああ」


「料理研が何をしているのかは?」


「うちの高校の食堂、購買、寮、自動販売機にいたるまでの管理運営全般だろ。学校の周囲にある飲食店のプロデュースやらマネージメントやらも春日たち料理研の仕切りだな」


「そうです。春日さん料が理研に入部するや、それまでの数十倍の予算を確保して学校の食に対し絶大な影響力を持つようになりました。そのことに不満を持つ生徒や教職員はいません。学校の食生活が劇的に改善したのですから当然です。それなのにキョー助くんは春日さんの料理を知らないというのですか?」


「俺、学校ではこれしか食べないから」


 キョー助はポケットから平たく黄色い箱を出して言った。


「総合バランス栄養食だけって、どうしてですか?」


「あいつが関わっているから……」


「そんなに春日さんが嫌いですか?」


 泉の声が冷たくなった気がして、キョー助は少し早口になった。


「いや昔な、春日が作った、その、たこ焼きらしきものを食べたんだけどな……、気がついたら病室にいたんだよ。しかもその前後の記憶がかなり混乱しててだな、それ以来……」


 キョー助はそのとこのことを思い出し、激しい胸のむかつきと耳鳴りを抑え脂汗を流していた。泉はキョー助の背中を擦ってやる。


「小学3年の時の話ですね」


「本当に監視してたんだな」


「もちろんその時の担当は僕ではありませんが、キョー助くんは腹痛で病院に運び込まれ、その日の夜には退院したと記録されています」


 キョー助は驚いた。あのたこ焼きのようなものを食べた後の、内蔵ごと戻しそうな吐き気や、意識が無音の暗がりに吸い込まれていくような絶望感が、ほんの数時間のことだというのが信じられなかった。子供の時の記憶というのはあてにならない。


「春日の料理はトラウマなんだよ」


「寂しい高校生活ですね」


「死ぬ目にあうよりましだ」


「あははは……、食べ物のことを話していたら、お腹が空いてきましたね」


 くたびれた猫はごまかすようにニャーと鳴く。キョー助も腹が減っていた。首を切り落とされ灰にされても死なないのに、不思議なこともあるものだがとにかく空腹は満たされなければならない。


 あたりにはうまそうな匂いの店がぎっしりと軒を連ねている。こっちの厚く切った肉にチーズを乗せてじっくりと焼いたやつもうまそうだし、向こうの色とりどりの具がゴロゴロと転がっているカレーのような食い物も食べてみたい。どこの店も繁盛していて次々に料理が客の手に渡っていく。だがキョー助は空腹を満たすのに深刻な問題があることに気がつく。


「金、持っているか?」


 泉は首を横に振る。


「猫がポケットからガマ口を取り出すのは22世紀になってからですよ。由木さんならいくらか持っているはずですけど……」


 泉がちらちらとキョー助の様子をうかがうが、キョー助はその猫の顔を睨みつける。泉は肉球の付いた両手で頭をかばいキョー助の視線から逃れると「じゃあどうしますか?」と聞いてきた。キョー助の耳元で「どうしますかぁ?どうするんですかぁ?」としつこく聞いてくる。


 しゃべる猫とはまったくもってウザい。さっき路地裏で見かけたお魚をくわえた猫のほうがずっと可愛げがある。そのときキョー助はひらめいた。肩に乗っている泉の首根っこをつまみ上げて「そこまでいうなら一肌脱いでもらおうか」とニヤリと笑う。その笑顔に泉はこれ以上無い不吉を予感したが、憐れそれは現実となる。


 

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