青春を諦めたひねくれ陰キャに学校の人気者が理由なく迫って来るわけ……

第33話 陰の者は肯定感と情報漏洩にめっぽう弱い

「なるほど、どうやら相当な切れ者らしいなお前という男は」

「お、謙信公にそう言われる事ほど光栄な事はねーな」

　光野がわざとらしく鼻の下を指でこすり得意げな表情をする。

「抜かせ。確かにお前の洞察は凄まじい。俺なんて到底及ばないレベルだ。そんな奴だからこそもうこの際、柊木が黒板の犯人である事も柊木が他人との関わりを煩わしく感じてる事も肯定しよう」

　どちらも俺が本人から聞いたことだ。間違いない。そしてそれを隠したところで光野にはもはや無意味であるという事も間違いない。

「やっと認めたな」

　光野はそう言うが、それ自体を重要視していたわけではないだろう。

　こいつにとって一番大事なのは自分が楽しいかどうかだ。

「だが、少し浅はかすぎるな」

「浅はかか。こりゃ手痛い。参考までにどこらへんが浅はかだと聞かせてもらってもいいか？」

　言ってる割には光野の顔からはまだまだ余裕の色は消えていない。

「全て上げていたらキリが無いが、まず一つ挙げるとするなら俺に対する買い被りがすぎる事だ。仮にお前が柊木をつるし上げ、その結果柊木が孤立したとしよう。その場合確かに俺は柊木を蔑む事はしないだろうが、かと言って関わり合いになるつもりもない。つまり柊木が楽しめるような環境が整う事はない」

　言うと、すぐに光野は反駁してくる。

「なんて言いながら謙信公はそういう人間を放っては置けないはずだぜ？　それこそ敵に塩を贈るような奴だってのは分かってんだ。そして自分ではそれを否定するような奴だって事もな」

　光野は一つ言葉を区切ると、真剣な眼差しでこちらを見やる。

「けど俺はお前が出会った奴の中で一番優しい奴だって確信してる。マジでな」

「……」

　は、はぁー？　別にそんな事ないし。知ったような口を叩かないでくれる？　肯定感高めたって俺の心は誰にも奪われないんだから！　

「ゴホン。ま、まぁこれも買い被りの良い例だな。俺そんな優しい人間じゃないから。マジで」

「いやいや、優しい奴だって。じゃなきゃ淳司も瑠璃も謙信公と仲良くしたりしねーよ。マジでな」

「っ……！」

　光野の言葉に、視界が開けたような気持になる。

　な、なんて！　なんて恐ろしい事言うんだこいつ……！　淳司君はともかく風見と仲良くだと？　ほんとやめて？　そんな事言われてるって知ったら俺絶対殺されるから。マジで。

　いやあっぶねぇ……危うく光野に篭絡されるところだったんだぜ。風見と俺が仲良くとか言うような奴の言葉が正しいわけないな！　つまり俺が優しいも嘘！　ＱＥＤ！

「まぁ、お前の俺に対する認識が間違ってるのはよく分かった。だがもう一つお前には間違った認識がある。なんならそっちの方が大きな誤認と言ってもいい」

「ほう？」

　光野は俺のどこに間違いが？　と言わんばかりに首をすくめる。

　正直な所、大口叩いた割には俺もこれが正しいのかどうか分かっていない。もし真っ向から反論されてしまえば間違いなくこちらが負けるだろう。だが俺は少なからず柊木と関わっていく中で確かに感じ取った事が一つだけあった。

　あいつは性悪な上にとんでもなく捻じ曲がった倫理観を持っていて、頭のネジも何本も吹っ飛んでいるような奴ではあるが、同時に一介の普通の少女でもあるという事。

「柊木は他人との関わりを煩わしいとは思っているだろうが、望んでないわけではない。叶うなら心を通わせたい、そんな風に思っている」

「なんでそう思うんだ？」

　やはり尋ねてくるか。その理由を答える事ができればいいのだが、それはできない。これはあくまで論理的にかみ砕く事の出来ない直感だ。

「俺がそう感じたから、だな」

　理由にはなっていないが、今はそう答えるしかない。

　柊木は何故あそこまで人を毛嫌いしているのか。色々と想像することはできるが、もしかしたらきっかけは第三者から見ればなんでもない事なのかもしれない。俺自身もぶっちゃけ人嫌いには定評があるつもりだが、そうなったのは単純に多感な時期にいじめのような扱いを受けたからというだけだからな。

「なるほど……謙信公にはそう映る、か」

　ふと視線を落とし、光野が呟く。

　ややあって、顔を上げると再び口を開いた。

「うし、柊木をつるし上げるのはやめにするか」

　あっけらかんと答える光野に、つい身構えてしまう。

「……俺としてはそちらの方がありがたいが、そこまで急に心変わりされるのもなんか怖いんだが」

　光野が一筋縄でいかない男である事は痛いほど理解している。それ故に一挙手一投足に何か意味があるのではないかと邪推してしまう。

「ま、謙信公にしか見えてない何かがあるって言うなら、それを信じてみるのもいいかもなって思ったんだ。ただ、」

「ただ？」

　やはり何かあるかと警戒しつつ先を促す。

「それにあたって一つだけ条件がある」

「条件？」

「おう。さっき言った通り俺は俺の周りが楽しんでないと我慢ならねー。謙信公的には柊木は俺たちと心を通わせたいと願っているみたいだけど、少なくとも現状では煩わしく感じてる気持ちの方が大きいはずだ。つまり今まで通りじゃあいつは楽しめない」

「まぁ、そうだろうな」

　果たしてこの男はどこに着地しようとしているのか。色々と想像することはできるがどれも推測の域を脱し得ない。

「だから――」

　光野の喉元を注視していると、ふと軽く拳が俺の胸板に触れる。

「今後も謙信公は今まで通り、いや今まで以上俺たちと仲良くしてくれ。それが条件だ」

「はい？」

　拍子抜けして聞き返しまう。てっきりもっと具体的な何かを提示されると思っていたのだが。

　いやでも、こいつのこれまでの主張と行動原理を鑑みれば幾らか頷ける気もする。

「少なくとも謙信公さえいる時は柊木も楽しさを味わってくれると思うからな。部分的とはいえ、少しでも楽しんでくれてたら俺もまだ楽しい」

　まぁ、そんな所か。

　正直客観的に見ればこれ以上に無い好条件ではあるが、それでも手放しで頷くわけにはいかない。

「その条件を呑んでやりたいところだが、俺はお前たちと心から楽しめる自信は無いぞ」

　それはつまり光野のみんな楽しくという理念に反する。

　だが光野は存外簡単に切り返してきた。

「あー、まぁそれは無いから大丈夫だな」

　それは無い？　楽しめる自信が無いってのを否定してきたのか？

「何故そう言い切れる？」

　他でもない、俺自身が楽しめないと言ってるんだぞ。

　尋ねると、光野はいつになく楽しそうに口の端を吊り上げる。

「聞きたいか？　ヒントはお前のネタ帳だ」

「……」

　光野の発言に、過去最大級の動悸と脂汗が全身を覆い尽くす。

「この前たまたま目に入ってよ。そこにはなんて書いてあったっけなぁ？　確かー」

「やめろやめてくれやめてください。お前が見たのがどの内容かは知らないがどれか一つでも口に出して言われた場合恐らく俺はいますぐリアルで自分から主に首などをつるし上げに行ってしまうかもしれない」

　早口でまくし立てる。

　いやだって？　え？　いや、嘘でしょ？

「んだよ、別に恥ずかしがることは無いと思うぜー？　俺だって昔からそういう憧れみたいなのがあったからこうやって」

「もういいマジでやめろ。特定できちゃうだろうが。見られた事はもう仕方ないがせめて一番マシな言葉を見られたと思い込ませてくれ。頼む」

　ほんと、マジで自分から吊るし上げられに行っちゃうよ？　ちゅうぶらりんになっちゃうよ？　ドキドキ文芸部だよ？

「ったく、しゃーねーな。じゃあとりあえずゴールデンウィークは淳司とか瑠璃とかと一緒に遊びに行くの決定な。無理にとは言わねーけどまぁ……」

「分かったから行きます行かせて下さい」

「うし！　決まりだな！　いんやぁ～今から楽しみになってきたぜ～」

「は、ははは、タノシミタノシミー」

　のんきに伸びをする光野の傍で、俺はただ表情筋を痙攣させながらご機嫌を取る事しかない。

「おっと、もうこんな時間か。つっても、今日はミーティングだしちょっとくらい遅れても大丈夫だろうけど」

「いや、ミーティング大事だから。ちゃんと時間通り行った方がいいよ。マジで。社会人になった時会議に遅刻しちゃダメでしょ？　というか行け。さっさと行けよ！　頼むから」

　これ以上俺のノートの中身を見た奴と一緒にいたら俺のメンタルが死ぬ。病む。

「まぁ、謙信公も部活あるもんな。ここは大人しく従っておいてあげますかねぇ？」

　全てを見透かしたような目で茶化してくる光野。あークソ……マジでやったなこれは……。

「んじゃ、またな～謙信公」

　無限に沸き上がる後悔に押しつぶされそうになっていると、光野が身を翻し階段を下りていく。

　ようやく行ってくれるかとホッとしていると、ふと光野は途中で立ち止まる。そのまま少し目線を上に向けると、「部活か……」と呟きまたこちらへと視線をよこしてきた。

「あ、そうそう。これは知っといて欲しいんだけど、俺は謙信公にもマジで楽しんでほしいと思ってる。他の奴ら以上にだ。結果的に負担もかけちゃってるしな。柊木の事とかさ」

「お、おう……」

　自覚あったのかよ。

　だったら見返りに今すぐ頭打って俺のネタ帳の記憶消し飛ばしてくれませんかね？　

　なんなら今その後頭部ぶん殴ったら望み通りの結末になるのでは？　と魔が差すが再びこちらに光野が向き直ってきたため叶わぬ夢となる。

「だから近いうちに感謝の意を込めて、とびきりのサプライズをプレゼントしてしんぜよう！」

　光野が二本指で決めポーズをし揚々と言い放つと、今度こそ身を翻し階段を下りて行った。

　え？　なに？　こわっ……。嫌な予感しかしないんですけど……。