第16話 底が浅い男
今日も今日とて登校すれば、相変わらず俺の下駄箱は汚れていた。
どうやら今度はゴミ箱として利用した輩がいるらしい。空き缶が何本か入れられている。
この状況を見るに、相変わらず俺の周りの目は厳しい様だ。まぁそれも致し方なし。今日も携帯していた上履きに足を入れると、突然後ろから声がかかった。
「チュン兄~!」
こんな奇特な呼び方するのはあいつしいかない。
無視して行こうとさっさと下靴を持って来た袋にしまうが、予想より早く声の主が俺の傍にやって来た。
「おっすおっすー!」
声の主、もとい淳司君が馴れ馴れしく背中を叩いてくる。
何を企んでいるのかは知らないが、とりあえず挨拶くらいは返しておくかと口を開きかけると、突然淳司君が大声を出す。
「はぁ⁉ なにこれありえなくね!」
「うっさ……」
あまりの五月蠅さについ淳司君の方を向くと、どうやらその視線は俺の下駄箱へと向いているらしい。
「ちょ、チュン兄、これチュン兄のとこっしょ?」
「まぁそうだが」
「だよね? ったく、誰がやったわけ? きったねぇな」
淳司君は俺の下駄箱から空き缶を摘まむと、事もあろうかそこらへんに投げ捨てていく。
「え、何してんの君?」
「え、だってここゴミ箱じゃないじゃん? 片付けとこうと思ってさ」
「いや昇降口もゴミ箱じゃないでしょ……」
「変わんないって~!」
笑顔でそんな事をのたまう淳司君に頭痛を覚える。これだから陽の者は……。
仕方なく俺がそれを拾い集めると、ゴミ箱の方へとポイしておく。
「ふぅ~」
いかにもやり切った感出してるけど捨てたの俺だからね?
「にしても酷い事する奴もいるもんだぜ。なあ、チュン兄」
「いやもっと酷い事しようとしてたよね君?」
今のもそうだが、集団で暴力振るおうとしてきたの忘れて無いからね俺。
「まーほら、あれはちょっと魔が差しちゃったっていうか? 結局チュン兄に返り討ちにされちゃったしさ……」
俺の指摘に、淳司君はばつの悪そうな笑みを浮かべる。うーん、確かに返り討ちにしたしそれ言われるとちょっと弱いんだよなぁ。
「それにほら、やっぱ男ならこんな陰湿な事しないでガツンと拳でかかって来いよって感じじゃね⁉ その点俺はちゃんと拳で行ったし褒められてもいいっしょ!」
「三人がかりでリンチするのが男なのかお前は」
「うっ……それはまぁ、一人じゃ怖かったっつーか……」
頬を掻き目を逸らす所作は、いかに目の前の金髪の底が浅いかを示しているようだ。言い換えれば素直とも言えない事も無いが。
「もういい。とりあえず先に言っておくがあまり俺にはあまり話しかけないでくれ」
「え、なんで⁉」
「そりゃお前……」
ストーカー疑惑のある俺といたらろくな事にならないだろうから。直接そう言わずとも、遠回しに伝えようと言葉を選んでいると、正面に人影が現れる。
「え、淳司なんでこんな奴といるわけ?」
険のある声の方へ顔を向けると、そこにいたのは嫌悪感を目いっぱいに滲ませた赤髪くるくるカール女子だった。名前は確か
「瑠璃っち! 待ってよ、これは違うんだよ!」
弁明しようと慌てふためく淳司君の姿が滑稽に映る。
まぁでも、こればかりは仕方ないだろう。淳司君だって立場というものが……。
「チュン兄、ストーカーじゃなかったんよ! ていうか超良い人でさ⁉」
「は? いきなり何言ってんのあんた? てかチュン兄って何?」
突然の淳司君の主張に、風見は怒りと戸惑いを混在させたような面持ちをする。
何を言ってるんだよ本当に。淳司君はどうにもリスク管理の面で致命的な欠陥があると見受けられるな。
「あーっと、どこから話せばいいっかなぁ? 昨日……まぁワケあって腐ってほっつき歩いてたんだけどさ」
あ、しっかりと今保身しましたね。ちゃんと言質、取りましたよ?
「その時変な大人に絡まれてよ? ボコられそうになった時チュン兄が助けてくれた感じでさ?」
「いや待って、色々と意味わかんないんだけど。まずはワケって何? ていうかチュン兄って何」
「ーっとワケってのは……まぁ、ワケアリよりのアリっていうか、まぁちょっと色々あったっていうか……?」
淳司君がしどろもどろに目を泳がす。どんだけ自分の失態を明らかにしたくないんですかね。まぁ別に、恥を他人に晒す事には意味を見いだせないからそれはそれで構わないんだが。
「いや意味分からないし。ちゃんと具体的に説明してくれない? あとチュン兄ってなんなの」
風見が苛立たし気に言うが、君さっきから滅茶苦茶チュン兄気になってるよね? いや気持ちは分かるよ? ほんと意味分からないよねチュン兄!
「えっとぉ……」
渋った様子の淳司君に風見は呆れた様子で口を開く。
「まぁいいよ。何あったのか知らないけど、あんたも葵から聞いたはずじゃん? やっぱりあのストーカー雀野だったかもって」
「そうだけどさ……」
いやあいつそんな事周りに吹聴してたのかよ……。まぁ目的を考えれば納得は出来るが、一体どんな面して言っていたのかは非常に気になる。
「なのに一緒に居るとか、あんた葵の気持ち考えられない訳? マジ信じらんない。正味見損なった」
「あ、ちょ、瑠璃っち!」
そう吐き捨てると、風見はずかずかと歩いて行ってしまう。だから言わんこっちゃない。
「さっき話しかけるなって言ったのはこれがあるからだ」
肩を落とす淳司君にそう声をかける。
これできっとこいつも俺から離れ、また元の生活に戻っていくだろう。俺としても俺が誰かの足かせにになるという事態を避けられるからウィンウィンだ。
「それじゃ、さっさと行ってくれ。俺はトイレにでも寄って遅れて行く」
「そっか。じゃあ俺は行くなチュン兄」
淳司君が一歩進むと、こちらに振り返って来る。
「でも俺、諦めねぇから」
「いや何をだよ……」
いい加減さっさと行ってくれませんかね? 実は割と真面目にお腹痛くなってきたんだよね。
「何をって、決まってるっしょ」
しかし俺の便意など知る由もない淳司君はこれ見よがしに溜め込んでくる。こいつなんか自分に酔う節もある気がするな⁉ なんでもいいからさっさと言ってくれる?
「チュン兄は良い奴だ。絶対にストーカーなんてしねぇ。瑠璃っちも、柊木ちゃんも絶対なんか誤解してるだけっしょ。だから俺がその誤解を解く!」
淳司君は「待っててくれよ」と言い残し、颯爽と駆け抜けていく。
いやごめんね淳司君。決め気味に言ってくれたところ悪いけど待てないわ俺。
唸る腹を押さえつけ、淳司君とは逆方向に走ると、どうにかトイレに駆け込む事が出来た。
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