第15話 ひねくれ者は片手間に時間を確認する

 歓楽街をほんの少し外れた公園までやって来ると、とりあえず誰かが追ってきている様子は無いので安心した。と言ってもあの現場が発見されたらどうなるかは分からないが……。ともあれ、現段階においての危機は去ったと言えるだろう。酔いを冷ますためか何人か普通っぽい人もここにはいるしな。


 さて、ここからどうするかだが……もうさっさと帰っちゃおうかな。人と二人、ましてや俺の事を嫌ってる人間といるのは実に気まずいからな。


「それじゃあ、気を付けて……」


 立ち去ろうとスマホをポケットに突っこんだまま足を動かすと、淳司君が回り込んでくる。


「待ってくれ!」

「え、いや何?」


 もしかして俺が弱ってると踏んで復讐しに来たとか? 確かに走り続けたから多少疲れてはいるがそれは君も同じだと思う。

 怪訝さを隠すつもりもなく見ていると、突然淳司君は両手両足を地面に付けた。


「俺、お前の事誤解してた。マジすまん、いやすみません!」


 突然俺の足元で淳司君が頭を下げる。


「いや急にどうしたの……。とりあえず頭上げてくれる?」

「あんなひどい事やったってのに助けてくれて……俺もうなんて感謝したらいいのか!」


 そういう事か。いやマジで割とどうでもいいというかそもそも俺、君のためにやったわけじゃないからね? あくまで因果が巡るその運命を塗り替える必要があるから仕方なくやっただけで! そう、これはいわば俺に課せられた神の試練に過ぎない!


「分かったからとりあえず頭上げてくれ。目立つ」


 とりあえず同級生に土下座させる構図はあまり健全ではないだろう。


「良い人すぎっしょそれは……!」


 感激したような眼差しを向ける淳司君。

 いやどこがだよ。お前の良い人の基準低すぎないか?


「そうだよ、こんな人がストーカーなんてするわけねぇ。たぶん何かの勘違いだったんだ……負けたからって腐って俺と来たらほんとマジさーせん! 雀野、いや雀野さん!」


 再び頭を下げる淳司君。

 マジなんなんだよそれ……。ていうかたまにいるよねこういう奴。普段いじり倒してくるくせに何か都合の良い事が起きた時だけ敬語になって敬意見せてくる奴。その敬意が偽物なの俺知ってるからね? 小学校の頃とか宿題見せた時だけやたらと敬語になる奴いたもん。そして友達データが小学生から更新されてない事に気づいてしまったので一回泣いていいですか。あ、そもそもそいつ友達じゃ無かった説……。


「とりあえず淳司君さ」


 口を開くと、淳司君はこちらを見上げ驚いた様子を見せる。

 あ、やっべ。ついいつもの癖で普通に名前呼んじゃった。


「お、俺の名前を覚えてくれてたんすか⁉」


 淳司君が嬉しそうに言う。

 ……大変感動してくれているみたいなのに悪いが、実は苗字覚えてないだけなんだよね。柊木が呼んで無ければ名前すら知らなかったと思う。


「とりあえず三度目だが頭上げてくれるかな」

「はい、さーせん雀野さん!」


 淳司君は立ち上がると、姿勢を正してくる。


「で、あとその気持ち悪い敬語と敬称やめてくれる? 白々しい」

「でも恩人ですし……」

「いやそういうの要らないから。どうせろくに」

「な、なんて寛大な心を……!」


 俺の言葉を遮り、淳司君が目を輝かせる。

 いやどんだけプラス解釈してるの。君ちょっとその手の基準低すぎない? ていうかそもそも敬語外して欲しいのは優しさとかじゃなくて、単に嘘っぽいのが苛つくってだけだし?


 それにどうせ、腹の底では何か企んでるに決まってる。お前には一度倉庫で騙されたからな。まぁだからと言って何か問題が起きたわけじゃないが。騙すと言っても随分と素直な騙し方だったし。まぁ強いて言うなら俺が傷害事件の犯人になりかけはしたが……ってそれだいぶ問題だな。もしあれが苦肉の策とかだったら俺の人生終わってたのでは? 改めて思い返すと随分と危ない綱渡りをしてしまったもんだ……。マジでこれからは気を付けよう。

 自分の行いを戒めていると、ふと淳司君がポソリと口を開く。


「でも敬語はいいとしても、今まで超馬鹿にしてたし、同じ感じで呼ぶのはちょっと違う様な気がすんだよね」

「ああそう……」


 それ正直に言っちゃう? いやまぁその事実を塗り替えて来たり無かったことにしてくるよりはマシではあるが、なんだかなぁ。


「雀野さん……雀さん……すずくん……けんちゃん……けんしんこう……兄上……あにき……あにじゃ……チュン? チュン……?」


 淳司君がぶつぶつ色々な候補を口にする。別になんと俺の事を呼ぼうが勝手だが最後の二つだけは絶対にやめてもらいたい。表向きの柊木みたいなキャラならまだ許せない事も無いが、そうじゃない上に男にそれ呼ばれるのはなんか凄まじい嫌悪感がある。


「そうだ!」


 思いついたのか、淳司君がぱっと顔を輝かせる。


「チュンにい!」

「却下する」

「え、なんで⁉ 敬称じゃなくね!」

「なんかキモイ。ていうかもう雀野でいいぞ。あと俺の時間を取らないなら馬鹿にし続けてくれていいからね? そういうのほんと気にしてなかったから」

「今までの事も水に流すとかチュン兄マジ聖人すぎね⁉」

「いやそもそも流す水すら無いというかね? あとチュン兄言うな」

「くっそ、俺はこんな良い人なんて事を! それに超強いし、マジチュン兄ぱねぇっしょ!」

「だから……」


 ああ、言うのすら面倒くさいな。もうなんでもいいや。俺は何と呼ばれようとこれまで通り過ごすだけだ。またもし仮に何か仕掛けてきたとしても、同じ感じで対処すればいい。ここまで見てきた感じ、こいつにあれ以上の事はできないと思うしな。


「もう遅いから帰るわ。お前もこんなとこほっつき歩いてないで早く帰れよ」


 相手するのもしんどいのでさっさと淳司君から背を向ける。


「まったねぇ、チュン兄〜!」


 後ろから元気の良い声が聞こえるので、ポッケからスマホを取り出し時間を確認すれば、既に十時近くになっていた。

 ああまったくほんと、手前には嫌気がさす。


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